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貴方も私も人じゃない174

はぁ、はぁ、と息を荒げた家康は視線をさ迷わせた。
言うつもりはなかった言葉なのだろう。否、とっさに出てしまった本音なのだろう。自ら察されまいと隠していたはずの本音を、だ。
滑稽な話である。
「………家康」
忠次はしばらく戸惑っていたが、ふぅ、と息を吐き出すと静かにそう声をかけた。その声に怒りはない。確かに自分にはわからないと、自覚があるのだろう。
「…それでも……駄目だ。彼女はただの一兵じゃないんだ」
「…………………………」
「……ッ。………?お嬢様…?」
源三は忠次の言葉に僅かに目を伏せた後、ふ、と気が付いたように鎮流を見下ろした。体を支えていない方の源三の手は、鎮流の腹の上にあった。
鎮流は、ちっ、と源三に気付かれないように小さく舌打ちした。
源三はそんな鎮流の態度には気が付かなかったが、顔を蒼白にさせて鎮流の顔を見た。
「お嬢様!!この腹は!!」
「?」
「は、はら?」
不意に声を張り上げた源三に、二人は驚いたように源三を見た。鎮流は源三の手を払い除ける。
「…何?」
「誤魔化されますな!これは…ッ子を成しておいででしょう!!」
「「!!」」
源三の声に二人の表情が変わる。忠次は驚いたように、家康はそれに加えて呆然としたように。
鎮流は、はぁ、とため息をついた。
「…そうですね」
「どなたですか!」
「その方にしか話したくないわ。これに関しては私だって色々と思うことがあるのよ」
「…そんなもの、お一人しかおりませんでしょうに…ッ!」
「へぇ?だったら気を使ってくださらない?」
「…ッお嬢様…」
「………もう私は、あなたの記憶の中の私とはかけ離れた人間よ。同じと見るなら、あなたが苦しむだけよ、源三」
「……………………。忠次殿」
「えっ、なっ、ちょっ!?」
源三はぷいとそっぽを向いてそう言った鎮流に、悔しげに顔を歪めた。だが、少しばかり悩んだ後、源三は腰をあげ、忠次の腕を引いて座敷牢を出ていった。混乱したままの忠次は源三の腕を払う暇もなく、そのまま連れ出されて二人の視界から消えていった。
消えて、少ししてから、どすん、と家康が腰を下ろした。腰を下ろしたというよりかは、膝から力が抜けて崩れ落ちたと言った方がいいだろうか。
「…鎮流、殿」
「……まさか腹をさわっただけで分かるなんて。老齢の殿方は油断できませんね」
「………それは」
「西軍では軍師でしたからね。手を出す無謀な人間はいませんでしたよ」
「……………」
父親はお前だと。鎮流は直接言いはしなかったが、それを隠そうともしなかった。
家康は困ったようにふぅ、とため息をついた。がしがし、と髪をかきみだす。
「……そう、か。その……迷惑を、かけた」
「全くです」
「…………」
「必要ですか?」
「え?」
鎮流へなんと声をかけるべきかと悩んでいる家康に、鎮流は唐突にそう尋ねた。驚いたように振り返った家康を、鎮流はじっと見つめる。
「…必要ですか」
「…………それは」
「…私は。正直、どうすればいいのか分かりません。ですから、貴方の意見で決めようかと」
「…もしいらないと、そうワシが言ったら、」
「産む前に始末できればいいのですがね」
「…!鎮流殿っ、」
「もし産むのだとしても、育て上げられる自信はございませんよ」
「…ッ」
鎮流の反論は最もだ。
普通、憎い男の子供など愛せるわけがない。
家康はそう思った。
産んだとしても、鎮流は育てる自信がないという。ならばいっそのこと。
鎮流はそう言いたいのだろう。
だが。
「………必要だ。ワシには、必要だ」
「……………」
「…産んでくれ」
家康は鎮流に向かって、そう言っていた。
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