2014-9-26 22:57
「…奴はそれに加えて、割り切りがいい。恐らく戦場で裏切りが起こっても、迷うことなく排除する…。…以前見たときはいかにも戦場に慣れていない様子だった……そこまでには見えなかった」
「ヒヒッ…三成が凶王となったように、あれもまた変えられてしまったのやもしれぬな…」
「失礼します、三成様。鎮流にございます」
「…入れ」
三成がいたのはあの日ー家康が蜂起した日ー鎮流がいた部屋だった。三成の許可を得て静かに部屋に入る。
部屋の壁はさすがに直されていた。三成はその部屋の、窓辺に立っていた。
「…早かったな。休まなくてよかったのか」
「ええ、問題ありません」
「そうか。…」
三成は呼び出したはいいが、話すことはなかったようだ。少し困ってように言葉を濁した三成に、鎮流はふっ、と小さく笑って三成の斜め後ろに立った。
「色々な方から何故戻ってきたと言われてしまいました。戻ってきたのが意外なようで」
「!何故だ。貴様が豊臣に戻るのは当然だろう」
「!…さぁ…皆様私が徳川家康を好いていると思っていたようでして」
鎮流は三成の言葉に一瞬はっとしたように三成を見たあと、どこか嬉しそうに小さく笑ってそう言った。
三成は、ふん、と鼻をならす。
「…家康が貴様を気に入っていたようなのは気が付いていたが、貴様もそうなのか」
「………今となっては分かりません。ああいうことをされてしまうと、もう」
「…私は貴様と刑部に策の類いは任せるつもりでいる、異論はないな?」
「無論です」
「……」
即答した鎮流に三成は鎮流を振り返った。それからしばらく、じ、と鎮流を見つめた。
何故見られるのかが分からず、鎮流はぱちぱちと何度かまばたきを繰り返した後に首をかしげた。
「…いかがなさいました?」
「…いや……貴様を疑わなかったかと言われれば、疑わなかったわけではない。貴様も、家康につくのではないか、とな」
「…、……無理もございません。何故と問われなかった、それだけで十分でございます」
「……誰も彼もが家康の罪を責めない…!家康、家康、家康!!なぜ奴なのだ、まるで全てが奴を中心に動いているかのようだ!私から秀吉様を奪い、日ノ本をまた戦乱に叩き込んだ奴が…ッ!」
「…、彼の行いを正当化すること、それがあの人の語る絆とやらの正体なのでしょう」
「…何だと?」
家康の話題を口にしたことで怒りがぶりかえったか、激昂を見せる三成に鎮流は静かにそう言った。怒りを抑えられないながらも不思議そうに問うた三成に、鎮流は身体を抱えるように腕を体に回した。
「…つまり、あの人にとっての絆は、自分に都合のいい存在のことにすぎないということです。秀吉様のことも三成様のことも、あの人はなんとも思っていなかったのでしょう。自分に都合が悪いから捨てた、それだけなのでしょう」
「…いぃえぇやぁすぅうう……!」
「…現に私も、あの方にとっては……庇護し愛でる対象でしかなかったようでしたから。私が欲したものは、そんなものではないというのに」
「…………貴様まさか、何かされたのか」
鎮流の口振りになにか察したか、三成はそう尋ねた。以前ならば気にも止めなかったであろうが、裏切られたことで敏感になってしまったのだろうか。
鎮流は困ったように笑った。
「…………、拐われたその夜に抱かれました」
「…………!」
「…とはいえ、その時のことは、よくは覚えていないのですが…。その後にすぐ戦があったようでしたが、何も話してはくださいませんでした」
「…………そうか。貴様も…裏切られたな」
「……ええ。………どうでもよく、思えてしまいましたが」
「どうでもいい…?」
「あの人の思想も、夢も、そんなもの全てどうでもいい。私はあの人を潰すだけ、それだけしかあの人に対し思うところはありません」
「!……、ふん。当然だ。裏切り者の末路などただ一つだ…!」
三成はそう言うと壁に立て掛けてあった刀を手に取った。
「武田の将、真田幸村から同盟の打診が来ている。貴様も来い、鎮流。明日発つ、用意をしておけ」
「はい!」
そう言って三成は部屋を出ていった。残された鎮流の瞳に宿る光は、豊臣のありし日々に宿していた光と、全く同じ光だった。