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見えないはずの右目が50

夜中。初日の出を見たい、という梵天丸の為に小十郎は梵天丸と年越し蕎麦を食べた後、近くの山へ向かった。馬に揺られて眠そうな梵天丸を、時々つついて起こしてやる。
「お寒うございませんか?」
「うん!小十郎が暖かいから寒くないぞ!」
そう言って小十郎の着ている羽織の中に潜り込む。小十郎は笑いながらも馬を進めた。

しばらくして山頂に着く。辺りはまだ暗く、日の出にはまだ時間がかかりそうだ。
「小十郎、除夜の鐘って本当に百八回叩いてるのか?」
「ええ恐らく。数えた事はありません故、坊主の言う事を信じております」
「ふぅん…」
梵天丸の吐き出した息が白くたなびく。梵天丸は顔だけ小十郎に向けた。
「小十郎、来年も、ずっと一緒にいてくれるか?」
「ええ、勿論」

「…小十郎!俺は強くなる!そしたら今度は、俺が小十郎を守ってみせる!」

梵天丸はそう言って笑った。小十郎も笑い返した。その二人の笑顔を、日の出が照らした−−







「お待ちくだされ政宗様!」

あの日の出から、はや十年。小十郎は随分変わった主人にやや怒りを含ませた声で呼ぶ。前を駈けていた主人、伊達藤次郎政宗−梵天丸−は楽しそうに小十郎を振り返る。にやりと笑うその顔には梵天丸の面影はほとんどない。−が、小十郎を大好きな梵天丸はまだ政宗の中にいる。
「早くしねぇとshow timeが終わっちまうぜ、小十郎!」
異国の言葉が交じる口振り。小十郎は小さくため息をついた後、政宗に追い付き、その頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。
「…ったく、それにしてもなんで初日の出を見たいと?」
「覚えてねぇのか?」
「?」
「今日は初めて初日の出を見た時からjust十年なんだぜ?」
いたずらっぽく笑う政宗に、小十郎はああ、と思い出す。
「小十郎は俺が守ってみせると、約束してきた時の事でございますか?」
「そうそう。俺がなんであんな風に、お前にああ約束したか分かるか?」
転じて柔らかい笑みを浮かべた政宗に、小十郎は小さく首を横に振った。政宗はとんとん、と右目の眼帯を叩いた。
「小十郎と初めて会って、色んな事を知って、過ごして、…そして、お前の笑顔を見るたびに」
梵天丸は、ぐっ、と小十郎に顔を近付けた。接吻してしまいそうな程の近さに小十郎は少し腰が引けそうになったがそのまま政宗の目を見る。

「見えないはずのこの右目が。…見えた気がしたんだ」

忌むべき物でしかなかった右目。
だが、それのお陰で片倉小十郎景綱という男に出会う事が出来た。


そして、小十郎がいたから生きてこれた−



「…俺は約束を守れてるか?」
「…まだまだ政宗様は梵天丸様のまま。いつも無茶ばかりしてこっちがもちませぬ」
「Ha、そりゃ悪かったな「だが、俺は守られるのは好きではない」
ぐいと政宗の顔を胸元に引き寄せる。慌てたように腕を振り回す政宗に、小十郎は。

「政宗様は強くなられた。…それで十分でございます」

「…〜、なんかはぐらかされたような…」
「あ?だったら政務をもっとちゃんとやってくださらぬか」
「てめっ、今それを言うか」
ぷいとむくれたように顔を反らす政宗に小十郎は笑みを浮かべる。
「政宗様は奥州筆頭。私一人を守るのではなく全てを守らねばならぬ立場でござろう」
「でもなぁ!」
俺が言いたいのはそういう事じゃないと喚く政宗に、小十郎はくすりと笑う。

「なれば私の背中、政宗様が守ってくださるか?」
「!」
「政宗様の背中は私めが守ります故」
「…Haっ、上等!」
政宗は笑みを浮かべた。その時、奥州は日の出を迎えた。

「…小十郎」
「?」
「今年一年、よろしく頼むぞ!」
「はっ!」




今年も二人は共に道を歩む。








END

見えないはずの右目が49

それから四半時が経ち、稽古が終わった。汗まみれの頭を、わしわしと借りた手拭いで拭いた。傷が心なしか痛んだが、それは気にならない程、稽古は楽しかった。
「梵天丸様ぁーまた来て下さいねー!」
「…うん!」
手を振ってくれる男達に梵天丸は笑って手を振り返した。小十郎はそんな梵天丸の顔にほっ、と安堵の息を漏らす。
「梵天丸様、そろそろ部屋に戻られないと人が集まります」
「うん」
道場の傍には食事処がある。まもなく午の刻になる。故に人が集まりつつあるのだ。
二人は少し急ぎ足で離れに帰った。
「…小十郎!見せてもらいたいものがあるんだけど…」
「?何でしょうか?」
うーうーと小さく唸りながら頭を振っていたのだが、梵天丸は少し迷いながらいった。
「…こ、小十郎の」
「?」
「小十郎の畑が見たいっ!」
その顔は迷いが吹っ切れたのか、顔がキラキラしていた。小十郎は面食らい少し恥ずかしい気もあったが、そのキラキラに勝てず梵天丸を畑に連れていった。


「うわぁー」
広い畑に梵天丸の声が広がる。
「今日は大晦日故、葱を採りましょうか」
「ネギ?…なんで?」
「大晦日は年越し蕎麦を食べるのが習わし。蕎麦の薬味には葱が一番でございます故」
「葱はうどんにも蕎麦にも入れるのか?」
「葱は薬味としては様々な物に合いますよ。冷奴に伸せても、茶漬けに入れてもおいしゅうございます」
「そんなものなのか…」
梵天丸は小十郎と共に葱の生えている場所まで行き、葱を採集しながらそう呟いたのだった。

見えないはずの右目が48

しばらくして稽古が再開された。梵天丸は道場の隅に座っていたが、いつの間にか小十郎が傍にやってきていた。心なしか息は乱れていたが、その顔に汗はあまり浮かんでいない。寧ろ、顔に巻かれた包帯を緩まないようにする為にあまり力を入れていなかったのかもしれない。
「小十郎。稽古はもういいのか…?」
「ええ、今はかかり稽古を始めましたので。行ってこいと追い出されてしまいましてね」
小十郎は苦笑しながらも内心では部下が何を考えているのか分かっている。

ったく、雪之条め…俺に稽古をしてもらいてぇのか梵天丸様と話させてぇのかはっきりしやがれあの馬鹿

内心で毒づきながら小十郎は梵天丸の隣に座った。梵天丸は嬉しそうに小十郎に擦り寄る。小十郎は梵天丸の頭を撫でてやった。
「……なぁ小十郎」
「?」
「梵天も、稽古をつければ強くなれるか?」
ぎゅ、と小十郎の着物の裾を掴みながら見上げる梵天丸は緊張で堅くなっていた。小十郎は少し固まった後、笑みを浮かべてやる。
「ええ、当然でございます。なんなら、おやりになりますか?」
「本当か!?」
「小十郎様ぁー、梵天丸様おやりになるんすかー?」
「てめえは集中しろ雪之条ォ!」
気が散ってばかりの雪之条を怒鳴りつけた後、梵天丸の体に合った竹刀を探しだして渡してやった。梵天丸はそわそわしながらそれを握る。小十郎は梵天丸の向かいに竹刀を構えて立ち、稽古を始めた。

見えないはずの右目が47

翌日。梵天丸の体調と今までの事から小十郎は問題なし、となった。梵天丸は嬉しそうな表情をしているものの、その表情はどこか暗かった。
雪之条はそんな梵天丸を稽古場へと連れてきた。手合わせ街の道着姿の男達と並んで座る。
「ここは?」
「道場っす。小十郎様が久々に来たから皆喜んでるっすよ」
「…小十郎は人気者なんだな」
「まぁ、来たときは梵天丸様の話ばかりされてるっすけどね」
「え…?」
梵天丸が聞き返そうとした時、ばしぃ、と鋭い音が響いた。
「てめえ等!やる気あんのか!腰に力入れろ!」
そして続く小十郎の凛とした声。
小十郎は竹刀を片手に他の者達と稽古をしていた。だが誰も小十郎には適わず、説教されている。その勢いに梵天丸は息を飲む。
「俺がいない間何してやがった!?いくら年末といえど手を抜くな!」
「うっす!」
「かっこいい…」
ぽつりと言葉がこぼれ落ちた。すると
「そうっすよね!」
突然雪之条の反対側に座っていた男が叫んだ。叫んだとはいえ、稽古中の為小さい声ではあったが。
「えっ?」
「小十郎様は俺達の憧れのお方っす!優しくも厳しくもあって、何より剣の腕はぴか一だし度胸もあるし…ってあれ?…誰?」
そこで漸く話しているのが自分の知らない人間だと気が付いたようだ。雪之条がくっくっくっ、と喉の奥で笑い、梵天丸はどぎまぎしながら男を見上げた。
「くくく…この方は梵天丸様だ」
「ぼんてんまる…、えええええ!?」
大きな叫び声に道場内の人間が皆振り返った。小十郎も振り返り、その目を大きく見開いた。
「梵天丸様!何故かような所へ…」
慌てて駆け寄ってきた小十郎に道場内の人間の全ての視線が集まり、梵天丸は駆け寄ってきた小十郎にしがみつきその姿に隠れた。
「へへっ、俺がつれてきたんす」
「雪之条!」
小十郎の咎めるような声にも雪之条はただ笑っているだけだった。小十郎は呆れたように上を仰ぐ。
「小十郎様ぁ、そちらの方が梵天丸様なんすか…?」
「…そうだ」
梵天丸は小さく返事をした。小十郎は驚いた表情を浮かべる。梵天丸は小十郎の着物の裾を掴んだまま小十郎の体の影から出る。
「この子供が…梵天丸様!」「右目はもう大丈夫なんすか?」「小十郎様に懐いてるんすねー」「あ、それ、雪之条が作った小十郎様人形じゃないすか」
次から次へと投げ掛けられる言葉に梵天丸は慌てたように小十郎の腕をぎゅうと握り締める。
「…小十郎は、強いんだな」
「…はっ?梵天丸様?」
「小十郎様は強いっすよ!」
「そうそう小十郎様は最強っす!」
わいわいと騒ぎだす者達に小十郎が頭を抱えたのを見て梵天丸は笑ってしまうのだった。

見えないはずの右目が46

「こじゅうろ!?」
「こっ小十郎様!?」
梵天丸と雪之条の叫びが重なる。小十郎が思いの外多い出血からふらふらとしながら部屋に戻ってきたのだ。慌てて駆け寄ってきた雪之条に、小十郎は少し体を預ける。
「こっ、小十郎…っ!」
真っ青になった梵天丸に、小十郎は大丈夫だ、と薄く笑った。梵天丸がふるふると頭を振る。
「梵天のせいだ…っ!」
「違います。泣かないでくだされ」
「小十郎様…」
小十郎は未だに血の溢れる傷口を強く手拭いで押さえる。じわじわと手拭いが血に染まっていく。雪之条が慌てたように手拭いを刀で切り分け、紐で顔に斜めに紐をかけて固定する。
「こじゅうろ…」
「大丈夫でございます…まぁ、跡に残るかもしれませぬが」
安心させるように笑って見せるも、梵天丸は泣き出しそうだ。
「小十郎様、いくらなんでも!」
「雪之条。…止めろ」
「!?何故!?」
騒ぐ雪之条を手で制する。そして梵天丸に向き直る。
「梵天丸様、よいでござるか」
「………?」
「…奥方様は危険でございます。しばらくは某か雪之条達と出来るだけ共にいてはくださらぬか?」
「……でもそしたら小十郎達が…」
「梵天丸様が傷ついてしまう方が問題っすよ!」
雪之条の言葉に梵天丸が目を見開いた。そして不安げに小十郎を見上げてくるので笑ってやる。
「梵天丸様が傷つかれてしまう方が、余程苦しいのでございます」
「小十郎…」
「お願いします」
「……分かった」
梵天丸は泣きそうになりながらも頷いた。
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