賽と狂犬、希望と亡霊25

左近達の隊は、慎重に織田の別動隊を囲むように、その後ろと側面についた。
タイミングを誤れば左近達の存在はばれ、別動隊にすぐさま攻撃されることとなる。この作戦は、攻撃するタイミングが非常に大事なポイントとなっていた。
「ーーーー」
重ねて言うが、左近は近接戦闘タイプだ。飛び道具はろくに扱ったこともなくその扱いにはなれていないし、得意でもない。それ故に、今回の初撃、もっとも大事な一撃は配下の兵に任せてある。
下手をすれば隊の命運をも握ることになる初撃に、緊張を見せる配下に左近は笑ってこう言った。

ー最悪失敗してもいいって。お前らを簡単に死なせたりしねーし、帰ったら三成様には俺が怒られっから
たとえ失敗したところで負ける気はないし負けなどしない。だから下手に気負わずに一発勝負に向かっていけ。
左近は暗にそう言っていた。その言葉に嘘が見えないのだから大したものである。

そうだからか、左近は側面にいるその兵の側にいることはしなかった。後方についた部隊の先頭にいた。
まさに斬り込み隊長。その自負と、実力。
左近のその大一番を前にした落ち着きと自信に、周りの兵が不安を抱いている猶予などあるはずもなかった。
織田の本隊と、小隊が合流して動きを止める。将の一人が隊を離れ、明智光秀とおぼしき人影に近寄っていく。

「ーーー行くぜ!」

左近がそう言うのと、銃弾が本隊に撃ち込まれるのはほぼ同時だった。
「なんだ!?」
動揺が瞬く間に織田の軍隊に広がっていく。その動揺を押し潰すように左近達が踏み込んでいく。
「…………!」
大騒ぎの中、一人動揺すら見せていなかった勝家が抜け目なく左近の姿を見つけ、その顔をようやく歪めた。
驚愕に慌てふためく他の兵を弾き飛ばすように、ブォン、と音をたてて勢いよく逆刃薙を振り回す。
「!!」
左近もその音に勝家を見つけ、にっ、と笑った。軽々と付近の兵を斬り伏せると、勢いよく地面を蹴って勝家に迫った。勝家もそれに応えるように逆刃薙を振り回しながら地面を蹴った。
ガィン、と鈍い音と激しい衝撃を伴って二人が衝突した。勝家は刀の隙間からぎろりと左近を見据える。暗い瞳に漸くうっすらと光が宿っていた。
「よっ、驚いたか?」
「……………」
勝家は左近のおどけた問いには答えず、左近を弾き飛ばした。左近は飛ばされた宙でくるりと一回転し、勢いを殺しながら着地する。直後、槍のように逆刃薙を構えて突っ込んできた勝家の攻撃を、刀を振り下ろして弾く。
勝家は勢いを自分の足で殺し、叩き落とされた逆刃薙をそのまま斜めに振り上げた。左近はその場で跳躍し、空中でバック転して再度それをかわす。
「…ッ」
勝家はそのまま手首の内で回転させて、逆刃薙をぐるぐると回転させながら踏み込んだ。器用に自分に当たらないように回すものだ。
「っ、」
左近はそれを前に組んだ刀で受けながら後退する。しばらく攻撃を受け続け、回転の隙間を見切るとその隙間目掛けて刀を突っ込んだ。
「くっ!」
左近に見切られると思わなかったのか、胸元の鎧にモロに攻撃を食らい、数歩よろめきながら下がった。
左近も無理な攻撃で少なからず攻撃のダメージを受けたか、追い込みはせずぷるぷると腕を振っていた。
「…なるほど、貴様……」
ぽつり、と勝家が呟く。その表情は苦々しげで、左近の目的を見抜いたようだった。
左近はやはり、それに挑発的な笑みで返す。
「さすがに織田の本隊となると、この面子じゃ勝ち目がないに等しいからな。そんな損害も出したくねーし?」
「……………」
「あれっ、卑怯だー、とか、言わねぇの?」
「その程度の策を労することは当然だ…信長様に勝てるはずなどないのだから」
「……………」
左近は勝家のその言葉に笑みを引っ込めた。
勝家の言葉が、自軍の大将を誉るものではなく、どちらかというと恐れるような声色であったことに、違和感と、不快を覚えたからだ。
左近はくるくると刀を手で回し、ぱん、と掴み直した。