賽と狂犬、希望と亡霊24

そのまま三者はお互いを追いたてることなく、それぞれで撤退していった。ただ一つ豊臣は、それ以外の軍に斥候をつけることに成功していた。


ー貴様は織田の尾を叩け。
三者の衝突があった翌日。左近は三成にそう指示を受け、自分の隊と豊臣の隊いくらかを連れて織田軍の後を追っていた。三成達は同様に伊達の後を追っているはずだ。
三成と共に行けないことは不服ではあったが、「私の信頼を裏切るな」と言われてしまってはそうも言ってはいられまい。左近は意気揚々として、一翼を任せられたこの作戦に向き合っていた。
「隊長、織田の隊は本隊と合流するようだ」
「…ち……そいつァ面倒だな」
だが、左近のところへ飛び込んできたのは、斥候からの悪い報せだった。
相手は織田の一小隊に過ぎないからと、左近の手勢は少なかったのだ。だがそれも織田の本隊と合流するとなると話が変わってしまう。相手はただの一小隊ではなく、豊臣と互角に渡り合う大軍勢なのだから。三成がいたとしても厳しい相手だ。
「どうする隊長?」
左近は隊の進行を一旦止めた。

左近が連れている兵は皆足は速い方だ。だが、短い時間で本隊と合流する前に叩き潰すだけの攻撃力はない。だがみすみすと本隊と合流することを見逃しては三成の信頼を裏切ることになってしまう。

「…今から仕掛けたとして、そう数を減らせるとも思えんが」
左近の配下のなかでも、比較的頭の回る男がそう口にする。何人かは賛同するように頷いて見せた。仕掛けるのは無謀だと、そう言っている。
それくらいは左近でも分かっている。左近は薄く目を細めた。どうしたものかと、短い時間でしばし思案する。
「…いや、仕掛ける。だけど叩くのは本隊の方だ」
「なっ!?それは尚の事無謀だ!」
左近の言葉に、他の面子はざわざわとざわめく。当然だろう、ただでさえ今打って出るのは危険だというのに、この男はそれ以上に危険な本隊を叩くというのだから。
ざわめくなかで、左近はぽんと手を叩いた。その顔に無謀の色など一つもない。むしろ、いいことを思い付いたとでも言いたげなくらい、にこにことしていた。
「いや、仕掛けるには最高の機会だ。あの隊が合流した直後、遠距離から仕掛ける」
「…?」
続いた左近の言葉に、やはり隊はざわめいた。近距離戦闘のスタイルを取りそれを得意とする左近が遠距離戦闘のスタイルを提案したというのも、彼らの混乱を助長していた。
そのざわめきを止めたのは、仕掛けるべきでないと提案した男の、「あ。」という間の抜けた声だった。
男は左近を見、にやりと笑った。
「なるほど?」
「?な、なんだよ」
「つまりアンタはあの隊が合流するのと同時に攻撃を浴びせることで、あの隊が“裏切ったのかもしれない”っつー混乱を起こすつもりなんだな?で、混乱のどさくさで俺たちは逃げる、と」
左近はそれに、にっと笑って返した。
おぉ、だの、あぁ、だの、どよどよとそれぞれの反応が上がる。左近は刀を抜き、肩にかついだ。
「反論のあるやつは?」
左近の部下は、時の声を上げる事でそれに返した。