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貴方も私も人じゃない114

源三は、ふふ、と小さく笑い声をあげた。

「つまり、徳川様はお嬢様を少なからず想っていらっしゃるということでしょう」

鎮流は源三の言葉に、きょとんと目を丸くした。ぱちぱちと何度か瞬いたあと、呆れたようにため息をついた。
「…ごめんなさい、何を言っているのか理解できないわ」
「お嬢様も、徳川様を気に入っておいででしょう?」
「……さらに訳が分からないわ」
「おや、爺の勘違いでございましたかな?」
「…………」
「お嬢様のお気持ちはさておき、徳川様のお気持ちは間違いないかと」
「……単に物珍しいだけでしょう」
鎮流は澄ました顔でそう言うとぷいと源三から顔をそらした。源三は残念そうにしながらも、あまり言い過ぎると怒りを買うと分かっているのでそれ以上言い募ることはなかった。
「………………」
そのお陰か、そっぽを向いた後の鎮流の顔は、真っ赤になっていた事に源三や他の者が気付くことはなかった。



 それから数日の日を経て、鎮流達は駿河の近くで豊臣の本隊と合流した。
鎮流は半兵衛に呼び出され、一人海岸沿いに来ていた。半兵衛は、崖のようになっている所に立っていた。
「半兵衛様、鎮流にございます」
「やぁ。首尾は三成君から聞いたよ。上出来だったね」
「は…」
「一人、撃ったそうだね?」
「……でなければこちらがやられていた為」
「君は大丈夫なのかい?」
「!…、一応は」
半兵衛は鎮流の言葉に鎮流を振り返り、膝をついていた鎮流に合わせるように膝をついた。
半兵衛はふ、と小さく笑った。
「それはよかった。例えそれが君の無理だとしてもね」
「…………それで、御用は何でございましょう」
「うん。殲滅の命を選んだのは何故だい?」
直球でそう尋ねてきた半兵衛に鎮流は僅かに驚いたように半兵衛を見、きゅ、と拳を作った。
「…それが最善と判断いたしました」
「ふぅん?」
「…間違い、でしたでしょうか」
「いいや?君がその後何かしたかによるかな」
「…!」
「三成君は知らなかったようだけど。君、何かしたろう?そこで何もしない程君は馬鹿でも三流でもない」
「…ずいぶんと、買っていただいているようで」
「事実だろ?」
半兵衛の言葉に鎮流は少しばかり困ったような笑みを浮かべたが、嫌そうではなかった。
ー…離れていてもお見通し、か。
「…殲滅の命は出しましたが、三成様には“裏切り者がいた”陣のみをお願いしました。それ以外は家康様に。家康様は、逃げ出す兵は追撃しなかったそうです。それを確認した後、作戦の前に得ていた捕虜を解放しました」
「へぇ?」
「作戦遂行は夜が明ける前に終わりました。民は戦があったこすら気が付かなかったでしょう。 捕虜の兵らには主にこう告げよと申し伝えました。翻意を持ったものは最早滅び去り、貴殿らを留め置く理由はなくなった、敵意を示さぬならば手出しはしないし本領も安堵する、道中気を付けて参られよ、と」
「………」
「民の方には、何人かの兵を赴かせ騒がせて申し訳なかったと伝えて参りました。詫びとして、いくらかの武器を与えて」
「……へぇ…」
半兵衛は鎮流の言葉に興味深そうに目を細めて笑った。半兵衛は体を起こし、再び視線を海の方へと向ける。
「つまり君は、城主や兵ら側には豊臣に逆らうとどうなるかを暗に示し、農民側には戦があったことも気付かせないようにして豊臣に好印象を抱かせ、かつ城主が豊臣に敵対しようとしたときに反抗できるように武器を与えすらした……取り込むと同時に、敵意を抱いたときには分裂するようにしてきたと」
「…はい」
「ふふ、ふふふっ。可愛い顔をしてなかなかえぐいことをするね。でも、どうしてそれを三成君や家康君にすら言わなかったんだい?」
鎮流は目を細め、少しばかり迷うそぶりを見せたが、隠しても無意味と判断したか口を開いた。
「……三成様は正直なお方なので…豊臣の為にと振るわれる力はお強いですが、少しばかり頭が固くいらっしゃいます、敵と識別したら殲滅以外考えられないでいらっしゃる。それでは時間がかかってしまう、なので三成様にお伝えしては失敗すると思い、お伝えしませんでした。家康様にお伝えしなかったのは身内の対処のために」
「身内?」
「裏切りにあったということは事実。ですが、こちらがそれを事前に察知し完全に潰したのでは身内に要らない不安を与える可能性がありましたので、申し訳なくはありますがあの御方には傷付いた雰囲気を出してもらいました。殲滅の命も、その一貫ではあります」
「…へぇ」
半兵衛はそれを聞くと口角を上げ、ぱん、と一度手を鳴らした。ざり、と砂を踏む音に鎮流がそちらを振り返れば、そこには家康と三成がいた。

貴方も私も人じゃない113

「…分かった。貴方のいう流れとやら、ワシは見極めよう」
「………」
「鎮流殿の考えが…間違いでないことを祈るよ」
家康の言葉に源三は目を細めた。
「…間違いかどうかをお決めになるのは、貴方様ですよ徳川様」
「うん?」
「例え周囲が認めても、貴方様が認めなければ貴方様の中では間違いのままなのですから」
「…、ははっ、それもそうだな」
家康は源三の言葉に少しばかり目を見開いたあと、ふ、と困ったように笑んだ。
要は源三が言うのは、自分がその事をきちんと納得せねば、今抱えているもやもやが晴れることはないということだ。
家康は指で自分の唇をツンツンとつついた。
「……………」
「源三殿。正直ワシはまだあの鎮流殿の命には納得できてないでいる。でも…貴方のいう流れの途中なのならば、まだ結果は出ていない。…だから、ワシは」
家康はそう言うと指を離し、にっ、と笑った。源三が訪ねてきた時のような、暗い顔はもうしていなかった。
忠次は人知れずそっと胸を撫で下ろし、忠勝と視線が合うと、にやりと笑ってウインクを飛ばした。忠勝もそれに同調するように、ぎゅいーん、と小さく音を立てた。
源三は細めていた目を、ふ、と一旦伏せ、そしてふふっ、と笑い声をあげた。
「…貴方のお陰で少し気が紛れたというか、もやっとしていたのが晴れたよ。感謝する、源三殿」
「老いぼれの言葉が役に立ったのならば何よりでございます。…1つだけ、老爺の立場での事を言わせていただければ」
「なんだ?」
「お嬢様はああいうお方ですから、基本的に罵詈雑言を吐かれても理路整然と論破するようなお方でございます。それ故何を言われても平気な節はあるのですが…」
「?」
源三は言いながら座っていた腰をあげた。ぱっぱっ、と軽く膝やらについていた砂を払い、にこ、と笑みを浮かべる。
「どうやらお嬢様は徳川様を気に入っておいでのようなので、徳川様に言われてしまっては落ち込まれるやもしれません。意見を申されるときも、あまりキツい言葉は使わないで差し上げてくださいませ」
「………んっ?!えっ!!??!?」
言葉を聞いた家康は、ワンテンポ遅れてから顔をぼんっ、と真っ赤にさせて仰天したように立ち上がった。
源三はわざとらしく笑いながらさっさと陣幕を捲りあげた。
「では、老いぼれは失礼させていただきます。おやさみなさいませ、徳川様」
「ちょっ!まっ、あえっ?!言い捨てはやめてくれ!!」
「何吃ってんだ家康…」
忠次と忠勝はそんな家康をぽかんとしたように見つめた。家康がわたわたとしている内に源三は出ていってしまった。
家康は真っ赤になった顔を隠すように両手で顔をおおった。
「…なぁ、なんでそんな真っ赤になってんだよ」
「……じ、実はワシもよく分からん」
「はぁ?」
「その…ワシは、鎮流殿の事を素敵な人だと思ってて、それだけなんだが、なんでこんな…?」
「…………、家康お前、あの子に恋してんのか」
「こっ、恋?!!?」
あぁ、とややあってから気が付いたような様子の忠次が口にした言葉に、家康はぎょっと忠次を振り返り、驚きのあまりそう叫んだ。忠次は忠勝と顔を見合わせ、ぶっ、と吹き出した。
「お前、まさか!家康にもついに春が来たかーはっはっは!」
「ちょちょちょ、待ってくれ!待ってくれ忠次!そして忠勝も笑わないでくれ!真面目な話だー!」


 翌日。
三成と家康の隊は当初の目的を追えたことから、本隊の後を追うように小田原へ向かうこととなった。
「………源三」
「は」
行軍の、中腹にいた鎮流は、どこか不愉快そうに源三を呼んだ。源三はわざとらしくすました様子で返答する。
鎮流はぎろりと源三を睨んだ。
「家康様に何を吹き込んだの、あなた」
「いえ?ただ、爺やの立場から、お嬢様へ優しくしてくださいとお伝えしたまで」
「…朝からあの人、私と顔を合わせるたびに顔を赤くさせて逃げるのよ」
「おやおや」
「どういうこと?」
「ははは、お嬢様はまだそちらには疎いようですな?」
「おふざけなら許さないわよ」
ぎろぎろと自分を睨む鎮流に、源三は降参と言わんばかりに肩を竦めた。

貴方も私も人じゃない112

「………それで、話ってなんだ?」
家康は被っていたフードをばさりと下ろした。家康の顔に笑顔はない。
忠次は肩を竦めた。
「そうツンケンすんなよ、家康」
「…」
「徳川様、先の戦闘、お気落ちのものとお察しいたします」
「…、そんなことはないよ。貴方の方こそ大丈夫なのか?」
「ええ、私は何も」
「…、……」
「私は曲がりなりにも男でございますし、この通り老い先短い老年でございますから、お嬢様ほどではございませんよ」
「!」
暗い顔をしていた家康だったが、源三の言葉に僅かにハッとしたように源三を見た。忠次も驚いたように源三を見ている。
源三は困ったように笑って見せた。
「まぁ、あのお方は自らの邪魔をするものは徹底的に排除なさる事を処世訓としておられるお方、普通の女子ほどは傷付いてはいないようではございましたが」
「…!結構物騒な子なんだな」
「物騒!ふふ、確かにそうでございますな。あのお方は敵と見なした相手には容赦なさらないお方ですから」
「………今回の、殲滅の命は…」
家康がぽつり、と口にした言葉に、源三はやはり笑って家康を見た。
「お嬢様にとってはさして意外ではない判断でございました。家柄もあるのでしょうが、あのお方の敵は下手に生かすと後ろから刺されてしまいますからな」
「…………」
「徳川様の、人に期待をお寄せする姿勢も大切なことです、お嬢様にも見習っていただきたいとすら思います。されどそれだけでは生きていけぬものが人の世というものでございます」
「…ふふ、ワシに説教をしに来たのか?」
家康が小さく笑った。家康の表情の変化に、一人忠次はほっと胸を撫で下ろした。
源三はおや、と目を見張る。
「説教をするつもりなど毛頭ございませぬ、ただ、やはり長い付き合いの相手、お嬢様の事を誤解されてはつまらぬと思いましたゆえ」
「誤解?」
「お嬢様は以前にも申し上げたように恐ろしいお方です。されど、それ以上にあのお方は優秀なお方です」
「あの命令に間違いはない、と、言いたいのか?」
「一般論的には、この状況下ならば間違いではないと、私は思います」
家康は源三の言葉に目を伏せ、ふぅー、と長く息を吐き出した。
そして、困ったように笑いながら頭をかいた。
「…、ワシも間違いだとまでは言わないさ。ただ…敵を滅ぼすだけでは、何も終わらないだろう?」
「…お嬢様ならは、滅ぼさなければ終わるのか?と仰るでしょうな」
「はははっ…確かにな」
「…豊臣軍は今、流れにのっている状況でございます」
「?」
家康は、不意に話題を豊臣全体に変えた源三に、僅かに首をかしげた。
源三は小さく両手を広げる。
「流れに乗ったのならば、途中でその流れを止めることはなりません。止めると、中途半端な結果に陥ります。今はただ、その流れの行く先を見定めなければなりません」
「…………」
「日ノ本の統一という目的に向かう流れ、途中で止めてしまってはただ乱世が続くばかりでございます。今は流れに身を任せ、耐える時かと」
「…なるほど、それが貴方の目的か」
「はて…私はただの老いぼれ、ただの1つの例え話でございますれば」
話に来たと言いつつ、源三が家康に、暗に今回のことで鎮流や豊臣に不審や不満を抱くのではなく、まだ今はこの先の結果を待て、今は豊臣に従え、と言いに来たと察した家康はそう言ったが、源三はさらりとそれを否定した。
ふっ、と家康は楽しそうに笑う。
「仮にそうだとして、その流れが着いた先が、泰平の世ではなかったら?」
「そうであったのならば、泰平の世に向けまた新たに流れを作ればよい。その流れが行き着ける場所が、そこまでだったというだけでございます。まぁ、作れるかどうかは、そして誰がその流れを作るかどうかは、分からぬ話ではありますが」
「…………」
家康は源三の話をじっ、と源三の目を見ながら聞き入ると、目を細め、思案するように手を組んだ。
忠次はそわそわとしながら家康と源三の話を見守っていて、源三は慣れたように表情も崩さず、ただ家康の言葉を待った。

貴方も私も人じゃない111

「酒井様は出来たお方なのですな」
「はぁ?!」
「自らの不満を徳川様のせいにはなさらないでしょう」
「!…………」
忠次は源三の言葉に驚いたように源三を振り返った後、どこか照れ臭そうにそっぽを向いた。源三は忠次の隣に腰を下ろした。
「徳川様が誰にも会いたがらないのは、やはり先の作戦でしょうか。徳川様は、ある意味で命令違反ですからなぁ」
「…!そういや、アンタあの女と付き合い長いんだってな」
「そうですな、長いといえば長いですな」
「今回の命令は、アンタから見たらどうなんだ?」
気に食わない、とでかでかと顔に書いてある忠次に、源三はふふっ、と笑った。
「お嬢様があの可愛らしいお顔に反し残酷な判断をなさるのは昔からです、あのお方は意外と恐ろしいお方ですから」
「あの顔みても可愛いとは思わねーぞ」
「ほっほっほっ、そうですか」
忠次の容赦の無い言葉に源三はただ、小さく笑う。源三の笑い声に、忠次もくっくと笑った。
忠次は朗らかな雰囲気の源三に、少しばかり気を許したようであった。
「…ま、殲滅の命に納得してなかったし、家康はそういうの出来ねぇ奴だから」
「そうですね、あのお方はそういうお方のようです。お嬢様が徳川様を裏切った味方の撃破に向かわせなかったのも頷けるものです」
「…!まさか、」
忠次は源三がさりげなく口にした言葉に、少し遅れてはっと何かに気が付いたように源三の方を向いた。源三は忠次の視線を受けて、ふ、と小さく笑う。
「前回の戦を見るに、よほどでないと竹中様は逃げ出す敵兵にはそこまでの興味はないようです。今回も、お嬢様がここへ派遣されたのはあくまで裏切りの動きがあった為…それ以外の敵方が殲滅できなくとも、そう責を問われることはないと、判断なさったのでしょう」
「……………」
「…しかし、徳川様にはお会いできませんか、困りましたな…」
「………、来いよ」
「はい?」
源三の言葉にしばらく考え込む様子を見せた後、不意にそう言って立ち上がった。源三は、表面では意外そうに忠次を見上げた。
忠次は源三をちら、と見下ろし、腕を組む。
「…あいつ、意外と言わなきゃ分からねぇとこあるんだよ。勝手に思い込んで、聞きもしねぇでさ」
「………」
「俺が説得してやるよ、ついてきな」
「それはそれは、お手間をお掛け致します」
「いいさ。正直、俺もあの子は悪印象が強くて、そこまで思いもしなかったしよ」
気まずそうにそう言う忠次の背中をみながら、源三は小さく笑った。
ー……、意外と簡単ですね
胸のうちでそう呟きながら。


 「おい、家康!」
「………なんだ」
家康が閉じ籠っている陣幕の中へ、忠次は外から声をかけた。億劫そうな家康の声が中から帰ってくる。
「源三殿がお前と話したいってよー!」
「…悪いんだが、また今度にしてくれないか」
「…そうやって閉じ籠って、お前の思い込みで押し込めて解決させても、正しいとは言えねぇだろ」
「…なんだと?」
忠次の言葉に返した家康の言葉は、僅かに苛立っているようだった。忠次はそんな、ある意味珍しい姿にも慣れたように肩を竦めた。
「事実だろ?お前が勝手に一人で背負いこんでんのはよ。俺にも何も言わねぇで…たまには外野の言葉も聞いてみろよ」
「…………」
ぎゅいん、と小さな機械音がした後、ばさりと幕をあげて家康が顔を覗かせた。家康は不愉快そうに忠次を見る。
「…ワシが人の話を聞かないとでも?」
「そう言う訳じゃない。だけど、そういう面もあるだろ」
「………。何のようだ、源三殿」
家康は不愉快そうなままだったが、源三の方に視線を向けた。源三は薄く笑み、頭を下げた。
「徳川様が気に病んでいらっしゃるのではないかと思いまして」
「!」
「…案外ずばっと言うな…」
「取り繕いは不要かと思いまして。少し、この老いぼれの話でも聞いてはいただけませぬか」
「………、二人とも入ってくれ」
家康はしばらく源三を見つめた後、そう言って源三と忠次を陣幕内に招き入れた。

貴方も私も人じゃない110

源三は、にこ、と笑った。
「いいえ。寧ろ、私がお願いしたくらいですよ」
「…どうしてだ」
「特別深い意味はございませんよ。私が気にかかっただけのことです」
「……、まぁ分かったよ。ただ、貴方の実力がどれくらいか分からないし、危ないからワシの側にいてくれ、いいか?」
「承知いたしました徳川様」
源三がそう返事した時、ピィィ、と鋭い音が響いた。
斥候の、敵発見の合図だ。
「動いたな…!行くぞ!」
家康の張り上げた声に、おぉ、と声が上がる。
「若さとはいいものですな」
源三は人知れずそう呟いた。


家康が動かした隊は敵の本営の砦を叩いた。逃げ出す者を追い根絶やすことは、殲滅することは、家康には出来なかった。
裏切りを犯した大岩山と岩崎山、そして件の山城は、三成率いる別動隊の手によって、跡形もなく滅ぼされたのだった。

二人から報告を聞いた鎮流は、労いの言葉をかけ二人を下がらせ、一人になった後ポツリと呟いた。
「…困ったお人。でもそれ以上に、メンタルケアが必要かしら。爺やのお手並み拝見、ね」

 鎮流が言うまでもなく、源三はようやく戦闘の興奮から落ち着き始めた陣内で、家康の姿を探していた。
途中、三成とすれ違う。すれ違い様、三成が口を開いたものだから、源三は一旦家康を探す足を止めることになった。
「貴様、家康と共に戦場に出たそうだな」
「お耳が早いですな」
「…貴様はやったのか」
「ええ、何人か。きちんと確認はしていないので正確には分かりませんが」
「!…その割には、随分と落ち着いているな」
三成は源三の言葉に僅かに驚いたようにそう尋ねた。源三は困ったように笑う。
「この年になりますと早々多少のことでは動揺しなくなりますのでなぁ…はは」
「………」
「それに、人が殺されるのを見ることも、誰かを殺そうとしたことも、なかったわけではございませんから」
「……戦とは無縁の人生だったのではないのか」
「ええ、確かにこうした戦争とは無縁でした。されど、戦争でなくとも人は人を殺すものなのですよ、石田様。特にお嬢様のお父上のようなお方に仕えておりますと」
源三の何かを言い含めるような口振りに、三成は僅かに苛立ったように眉間を寄せたが、それ以上何かを言いつのる事はなく、ふいとそっぽを向くとそのまま立ち去ってしまった。
源三は少しばかり困ったように笑った後、再び家康を探すべく前を向いた。すると、そこには忠次の姿があった。
「おや、貴方様は確か…酒井様」
「よう爺さん。何やってんだ」
「少しお話ししたきことがあり、徳川様を探しております」
「家康は誰にも会わねぇよ」
「おや、それは何故でしょう」
「アイツが誰にも会いたがらねぇからだ」
「それは困ってしまいましたね…」
源三はそう口にしながらも、さして困ったようには見えない顔で首をかしげた。
ー…意外と思想やお考えは若い方だ。豊臣には合わないお方だ。お嬢様が警戒なさるのも、そしてお気に入りになさるのも、頷けるというものですな
「…………」
忠次はそう胸のうちで呟く源三を不愉快そうに見ていた。
その視線に気が付いた源三は、忠次の関心を逸らすことにした。
「…ところで誰にも会いたがらないというのは、貴方様にも?」
「…だったらなんだよ」
「いえ、貴方様も少しばかり、ご不満そうな顔をなさっておいでなので」
「なんだと?」
「酒井様は、本多様に比べるとあまり徳川様に頼っていただけていないようでしたので」
「!」
忠次は源三の言葉に仰天したように源三をまじまじと見た。源三は、ふふ、と小さく笑う。
「長らく気難しい主人に仕えておりますと、不満だとかに敏感になるものでしてな」
「………悪いかよ」
「いえ、当然の感情です。どうにも徳川様は、配下の方をお頼りにならない方ですからな」
「…今だって、忠勝はアイツと一緒にいるんだ。分かっちゃいるさ、俺じゃあ役不足ってな」
忠次は不満げにそう呟くと、その場にどっしと腰を下ろした。
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