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貴方も私も人じゃない108

「そういうことは別な機会に一人でなさってください。此度は“殲滅”します」
「……」
ぐ、と何か言いたげに唇を噛み、視線を落とす家康に、鎮流は目を細め、口元に当てていた手を離した。
「それに、少なくとも此度の相手には、家康様の想いは通用しないと思いますよ」
「…どうしてだ」
鎮流は盤上にあった書簡の1つを取り上げた。それは昨晩、半兵衛から届いたものの中のひとつだった。ばさり、と達筆な字で書かれたそれを広げる。
「半兵衛様から昨日いただいた情報の中に、この地域の過去の戦闘の記録がありました。家康様と三成様はあまり気にしておいでではいませんでしたが」
「…確かにあったが……」
「あの記録、よくよく見るとこの地域での勢力構造が頻繁に変わっていることがわかります」
鎮流は書簡を盤上に広げるように置き、傍らの地図を指し棒代わりに使っていた細い棒でトントンと叩いた。家康はその鎮流の言葉でようやく頭をあげた。表情は訝しげに歪んでいる。
「…それが…?」
「つまり、頂点の主が頻繁にかわっているという事を意味し、配下の人間が頻繁に主を変え前の主を滅ぼしているということですよ」
「!」
家康は鎮流の言葉にハッとしたように目を見開いた。鎮流は指し棒をひゅっ、と振り上げ、肩に担ぐように引っ掛けた。
「…今更大したことではないのですよ、彼らにとって裏切りというのは」
「…………」
「三成様が昼間のうちに、大岩山の向かいの敵陣に向かう内通者を見つけています。これは単なる豊臣の中の裏切りだけではないのです。そして突発的でもない、計画的なもの………一度の裏切りならまだしも、もう救う余地がない」
「!…………ッ」
家康は鎮流の言葉に驚いたように鎮流を見た。そして、気まずげに視線を落とす。
「…すまん、そこまで考えてとまでは思っていなかった」
「いえ、私も貴方様に話しておりませんでしたから。あまり話すつもりもなかったのですけれど」
「……、何故だ?」
「……その辺りは多少はご自分でご想像なさってくださいませ。大した理由ではございませんが」
「!」
「家康様、分かっていただけましたら、三成様の隊に動きがあったら動けるよう、用意をしておいていただけますか」
「…分かった、鎮流殿」
家康は諦めたように目を伏せると、小さくそう言い、本陣を出ていった。


本陣を出て少し離れたところで、家康は一回だけ本陣を振り返った。
「…………」

納得してしまった自分がいた。
彼らは殲滅するに足る相手なのだと、救っても仕様がない相手なのだと、一瞬納得してしまったのだ。
自分よりもはるかに戦に出たことがなく、今回の指揮が初めてとも言っていいような鎮流に、納得させられてしまったのだ。
それは事実だけではなく、鎮流の話術によるものもあった。
鎮流の言葉は、どこまでも物腰が丁寧だ。早々口調が荒れることもなく、簡単に論破できるような単純な言葉も言わない。淡々と、粛々と、布に色を染み込ませるかのように、囁くように語りかけてくるのだ。そして何より、正論だと感じさせるような根拠を踏まえた話をする。敵意も見せずに、鎮流は相手の反論を封じることに長けているのだ。

「…それでも……駄目なんだ、鎮流殿…ッ」

だがそうした反論を家康に出来るだろうか。
答えは否だ。
家康にそこまでの話術も、根拠もなかった。
「……そんなことを言っている場合ではないな」
家康は、ふるふると何度か頭を振ると、隊を動かすべく待機場へと向かった。


 「…お嬢様」
「なぁに?」
「家康様に告げるつもりはなかったのは何故ですか」
「…あなたなら分かっているんではなくて?」

「…、被害者を作るため、でございますか」

「その通りよ」
鎮流は源三が口にした言葉に、ふっ、と口元に笑みを浮かべた。
その笑みはどこか楽しげに、そして愉快そうに歪んでいた。
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