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貴方も私も人じゃない109

「初めから全て分かった上で完璧に潰したのではあまり意味がない。それどころか、狂言とも取られかねない。折角裏切ってくれたのだもの、それは最大限利用して潰してさしあげないと。家康様は人間から見ても、素で傷ついた雰囲気を作ってくれそうだから」
「…裏切り者たちに怒っておいでですか?お嬢様」
「…………、怒りというより、呆れかしら」
鎮流は垂れていた髪の毛をすくって耳にかけた。はぁ、と小さくため息をつく。
「…やることが中途半端なのよ。計画も、行動も、計画的とはいえ総力を見れていない。タイミングも正しくないし、場所も正しくない。……だから少し呆れているだけよ」
「…確かに、あまり賢い選択とは言えませぬな」
鎮流は半兵衛から届いた書簡の中の、小田原で取る予定の陣形のメモを見た。源三曰く、覚えておいてねとの事で、届けさせたそうだ。それを見れば、豊臣軍の総力が大体分かる。
「属しているならばその強さが分かるはず。ならば普通こんな中途半端な裏切りはしない。…それが何だかみっともなくて、少し腹立たしく思えただけよ」
「………ふふっ、手厳しいですな」
「そう?家康様がお人好しなだけよ。…でも、あの人まだ納得していないから、近い内にまた話さないとだわ…」
「私がやりましょうか」
「あなたが?」
うーん、と困ったように唸った鎮流に、源三が、ふ、と笑いながらそう提案した。鎮流はきょとんとしたように源三を振り返る。
源三はふわりと、彼には珍しく楽しそうに笑う。
「老年者の言葉の方が入りやすいこともございましょう。それに、お嬢様は正論以外はなかなか言えぬお方でございますから」
「…まぁ」
「私はお嬢様のお父上とも長い付き合いです、話術はお嬢様とはまた別の方向に得意でございますよ」
「…ふふっ、それもそうね。じゃあ頼んでよろしいかしら?」
「えぇ、お任せください。それでは、私はこれで」
「もう?」
鎮流の了承を得ると、早々に陣を出ていこうとする源三に、鎮流は少しばかり不思議そうに首をかしげた。源三は、ヒュッ、と小さく音を立てて太股の短刀を少し抜いた。その短刀は柄頭の部分が四角く穴が開いていて、さながら苦無のようだ。
源三は慣れたようにそれを手でくるりと回し、だが不馴れなようにゆっくりと鞘に納めた。
「私も少し、実戦に慣れておきとうございますので。お供させていただこうかと」
「…、なるほどね。分かったわ。でも爺や」
「?はい」
鎮流は持っていた指し棒で、こつん、と机を叩いた。

「死ぬことは許さないわ」

「…!……、はい」
源三は鎮流の言葉にはっとしたような表情を浮かべた後、静かにそう返し、陣を出ていった。鎮流はその背中を見送ると、ふぅ、とまたため息をついて、陣の隅にあった箱の上に座った。


 「徳川様」
「!源三殿」
鎮流に言われた通り、指示を飛ばしていた家康は、やってきた源三を驚いたように振り返った。源三はアームガーターで袖を捲り上げながらやってきた。
「お手伝いいたしましょう」
「えっ?貴方が、か?」
「微力ながらもお力添えできればと思いまして。それに、お嬢様だけを戦場に送り出すわけには参りませぬ、私も戦場というものに慣れておきたく」
家康はハッとしたように源三を見、申し訳なさげに視線を落とした。
「そうか…すまない、貴方も巻き込んでしまったな……」
「おやおや、私を巻き込んだのは貴方様ではなくお嬢様ですよ。貴方様はそうして、何でもかんでも御自身の責任とお背負いになられる」
「えっ、」
「そうした態度はいずれ味方に敵を生みますぞ。行き過ぎた謙遜が、嫌みに見えるのと同じく」
「ワシはそんなつもりじゃ、」
「ええ、そうでしょうとも」
源三は手慣れたように話を続ける。鎮流に相手の反論を潰す力があるとすれば、源三には相手を自分のペースに乗せる力があるようだ。
「自分を信用してもらえていないのではないか、そうした不安を抱いてしまうものなのですよ、使える立場というものは」
「…う………んん……」
「此度の事で貴方様に責はないでしょう?」
「…、鎮流殿に何か言われてきたのか?」
作業をしながら、さも世間話ですとでも言いたげな風に話を続ける源三に、家康は少し間をおいてからそう尋ねた。
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