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貴方も私も人じゃない144

翌日。日が大分高く上がったところで、二人は野宿をした場所から出発した。
鎮流は結局寝ていなかったように見える三成を僅かに気にしながら、馬を進めていた。三成は前だけを見ていて、後ろを振り返ることがない。
ー…あれは寝なかったのか、寝れなかったのか……くそ、三成様のメンタルケアは徳川家康より厄介だわ
鎮流は三成に聞こえないくらい、チッ、小さく舌打ちした。だが舌打ちをするわりには、その表情はどこか楽しげだった。
 昼過ぎくらいに二人は上田城に着いた。上田城の兵は三成の姿に仰天したように主を探しに行った。二人残され、鎮流はちらり、と三成を見た。
「…先方にも言わずに来たのですか?」
「一々書状を出すのは時間の無駄だ」
「……どなたも礼法が微妙ですね、豊臣の方は……三成様、相手を訪ねるときは一言伝えておくものですよ」
「……チッ、以後気を付ければよいのだろう」
「ええそうです」
「………」
しれっ、とそう言った鎮流を三成は僅かに苛立ったように見たが、鎮流はそんな視線もさらりと無視した。
「申し訳ありませぬ石田様、こちらへ…!」
「こちらこそ、連絡もなく訪ねてしまい申し訳ありません。御城主の都合は問題ないでしょうか」
「無論、問題ありませぬ…!幸村様、御客人がっ」
「む?ぬおっ」
慌てたように戻ってきた兵に城内へ案内され、その兵に呼ばれた男は振り返ると驚いたように三成を見た。
「石田三成殿!」
鎧の家紋から判断したのか、それとも顔を知っていたのか、その男は慌てたように三成に駆け寄ってきた。
若い男だった。三成よりも若いかもしれない。赤に揃えられた衣装と派手な腰の防具、そのわりにははだけて無防備な上半身が目につく。
ー幸村様…真田幸村?真田信繁か!
その男、真田幸村は申し訳なさげに頭を下げる。
「申し訳ござらぬ石田殿、何の出迎えもなく…」
「そんなことはどうでもいい、貴様の真意を確かめに来た」
「…?と、申されますと」
「日ノ本を二つに分かつこの戦で…何故貴様は西軍の大将である私に同盟を打診した」
幸村は三成の言葉にはっとしたように三成を見たあと、きっ、表情を引き締めた。
「我が主武田信玄が、徳川家康との戦いを望んでいたからでござりまする」

ぴくり、と三成の眉間が寄った。鎮流は胸のうちでため息を着いた。
言葉を続けようとした幸村を、鎮流は手で制し、三成の前に出た。
「その話は聞き及んでおります。なんでも、最中に倒れられた、と」
「…そうでござるが、貴殿は……?」
幸村は口を挟んだ鎮流に僅かに眉間を寄せた。
「申し遅れました、軍師の鎮流と申します、以後お見知りおきを」
「…軍師?だが、そなたは…」
「女が軍師ではおかしいでしょうか?」
「そっ、そうではござらぬ!失言でござった」
「……あなた様の顔色を伺う限りでは、信玄殿の目的を知りたいゆえ、と言ったところでしょうか」
「!!なっ、何故それが…!」
幸村は仰天したように鎮流を見た。不愉快そうに鎮流を見ていた三成だったが、会話の続きが気になったか、止めることはしなかった。
「私訳あって、その戦の頃この辺りにいましてね。噂になっていましたから、何故武田が豊臣方ではなく徳川に兵をあげたのかと。もし貴方が目的を知っていたとすれば、こうした動きはしていないと思ったもので」
「…お見事にござる……」
「要するに徳川を倒すには力不足であると。その為同盟を組みたいと、そうとってよろしいですか?」
「ッ、」
「ちょっとちょっと、その言い方は酷いんじゃないですかねぇ?」
ずけ、とそう言った鎮流に幸村が詰まったとき、ひゅっ、と小さく音をたてて幸村の隣に着地した男がそう鎮流に言った。
忍び装束。幸村の配下となると、猿飛佐助辺りだろうか。
鎮流はそちらを見てにこり、と笑った。
「申し訳ありません、こちらも重臣の裏切りに合い、多少慎重にならざるを得ないものでして」
「…まぁ、お気持ちはお察ししますけどね」
佐助はそう言うと目を細めた。

貴方も私も人じゃない143

「……そうか」
「お、沸いた…と、三成様、どうぞ」
「は?」
鎮流は湯が沸いたことを確認すると、椀に何かをいれ、それにお湯を注いで三成に差し出した。そうくると思わなかった三成は面食らったように鎮流を見る。視線を椀に落とせば、握り飯のような物が湯でふやけて形を崩していた。
三成は渡される勢いのまま受け取ってしまったが、怪訝そうに鎮流を見た。
「………なんだこれは?」
「飯玉というそうですね。米の中に具を詰めて握ってもらい、それを揚げて貰ったものです」
「…?何故そんな面倒なことを」
「その方が日持ちしますから。そのまま食べてもよいのですが、三成様は湯付けにした方がよろしいかと思いまして」
「………いらん。貴様が食え」
三成は椀の中身を見下ろしたが、そう言って椀を突っ返した。鎮流はむっ、としたが強く言ってもそれは三成には逆効果と分かっているので、小さく息を吐き出した。
「…どうしても食えぬというのなら、汁だけでも啜っていただけませんか。気持ちばかりが先走って、栄養が足らずに先に体が参ってしまいますわ。飯玉の中には鴨肉と人参、大根、あと茸でしたかしら。それを味噌で味付けした物が入っています、何より料理場の方が丹精込めて作ってくださいましたから、美味しいはずです」
「……………」
「鴨肉は動物性の蛋白質、人参はカロチン、ビタミンA、大根はジアスターゼ…分解酵素のアミラーゼですね、あとはビタミンPやカルシウム、茸はビタミンB類、食物繊維が豊富です。味噌は大豆から作られていますから言わずもがな。汁だけでも身体にいいですよ」
「……い、今何を言った貴様…?」
つらつらと言い述べた鎮流に、三成はポカンとしていた。はっ、と鎮流は三成の様子に我に返った。
三成に限らず、この時代の人間にビタミンだのなんだのが通じるはずがない。そういったものはまだこの時代には発見されていないからだ。
こほん、と鎮流は誤魔化すように咳払いした。
「んー…とにかく、この飯玉は栄養豊富なんです!三成様はただでさえ食事をとっていらっしゃらない状態で栄養が不足しています、そのままでは道半ばでのたれ死ぬだけです!すべて食えとは言いません、せめて汁だけは飲んでくださいと申し上げています!」
「…」
今度は急に声を張り上げた鎮流に三成は拍子抜けしたように鎮流を見つめたが、やれやれとでも言わんばかりのため息をこぼすと、椀と一緒に渡されていた箸を取った。
「…食えばいいのだろう!…こんなところで死ぬわけにはいかない。貴様がこの程度で法螺を吹くとも思えんからな」
「…それはなによりでございます。食べられそうだったなら、食べてくださいませ」
鎮流はしぶしぶとではあったが椀に手をつけた三成にほっと胸を撫で下ろし、自分の分の用意を始めた。
三成はむすっ、とした顔をしながらも椀に口をつけ、汁を啜った。こくり、と一口飲んだあと、意外そうにそれを見た。
「………」
「いかがなされました、三成様」
「……身体に染み入る感じがした…」
「…三成様は色々不足しておいででしたからね。おいしいですか?」
「…興味はない」
「まぁ…。…少しでも食べてくださいね、三成様。私が言うのもなんですが、これからより戦況は激しくなると予想できます。力はつけるときにつけておかないと、肝心なところで倒れてしまいますから…」
鎮流はそう言うと三成から視線をそらし、自分の食事に集中する素振りを見せた。視線があっては三成が集中できないかと思ったからだ。
三成は鎮流の視線が自分から逸れたのを確認すると、また椀に目を落とした。
「…………」
三成はしばらくモソモソとそれを口にしていたが、意外と口にあったか、結局それを完食していた。

貴方も私も人じゃない142

三成はほとんど休むことなく馬を駆けさせた。鎮流の方は疲労を感じ始めたが、そうも言ってはいられない。朝早く出たことですでに美濃に入っている、家康の領地とはかなり距離が近くなっている。休むことは、徳川方に見つかるリスクをあげる。
「…本当、馬は速くていいわね……」
鎮流はぽつり、そう呟いて、前を走る三成に遅れないように馬を駆けさせた。

日が沈む頃になって、二人は甲斐に入った。甲斐は武田領、徳川との戦では徳川が勝ったそうではあるが、敵対関係にあることには違いはない。まだ味方と決まったわけではないが、多少は安全な地に入ったというこむなる。
鎮流は三成に声をかけるべく、僅かに首を伸ばした。
「三成様、少し休みましょう。無理をさせれば馬が死にます!」
「構うものか。真田の真意を確かめる、それさえできればそれでいい!」
「そうはいいますがもう日没、これから相手方を訪ねるのでは夜になってしまいます、それも無礼でしょう。真意を伺うのも困難になるのでは?明日に回した方がよいかと」
「…チッ。分かった」
三成はしぶしぶと鎮流の言葉に馬を止めた。鎮流はほっと息をついた。止まらねばどうしたものかと思っていたところだった。
 三成はそこから少し進んだ森の中、適当に開けた場所で馬を木に繋ぎ、どっかりと腰を下ろした。鎮流も馬を同じように繋ぎ、荷を下ろす。
「火をおこしますか?」
「あぁ」
鎮流は適当にそこらで木枝を広い集め、さっさか火をおこす準備を始めた。木に身体を凭れかけていた三成は、鎮流の荷物に目をやった。
「…貴様、何をそんなに色々持ってきた」
「大したものでは。一夜を凌ぐ程度に必要なものを。一日でつけるとは思っていませんでしたので」
「……………」
「あ、火ついた」
三成は鎮流の言葉に僅かに目を見開いた後、気まずげに視線をそらした。
鎮流は無事に火がついた事を確認すると、小さな鍋で水を沸かし始めた。沸騰するまですることもないので、鎮流は三成のとなりに座った。
「…戻るまで、色々な噂を聞きました。三成様は、凶王などと呼ばれているそうですね」
「言いたいやつには言わせておけ、私には関係ない」
「まぁ、そうではありますが…大将になるならば多少は気にかけておいた方がよいかと思いますよ」
「…何が言いたい」
「浮遊票を集めるには、外聞はよい方がマシという話です。まぁ、秀吉様もあまりそうしたことを気になさる方ではありませんでしたが…」
「…そういうことは貴様に任せる」
「まぁ。ふふ、承知いたしました」
「…何故貴様はそうも他者に気を回す?」
ころころと楽しそうに笑った鎮流に三成は目を細め、小さく首をかしげながらそう尋ねた。鎮流は、ふふ、とそれに笑って答える。
「それが後々一番楽だからですよ、三成様。他人を使うのには、お人好しを装った方が楽です」
「…」
「ただ単に力で捩じ伏せようとすると、正義感にかられた青い人間が反発するものです。支配し、服従させるには、相手にこの人間には従わなければならない、と思い込ませる方がいい…。秀吉様や半兵衛様には、わざわざせずともある種それを可能にさせるカリスマ性がありました、が、今の三成様にははっきり申し上げて、ありません」
「…そんなものがないのは承知している……。私は秀吉様ではない…」
「ですから、別な力が必要なのです。お任せください、そうしたことは私の得意分野でございます」
鎮流は三成を振り返り、にこ、と笑った。三成は傾けていた首を起こし、鎮流を真っ直ぐ見つめた。
「………貴様が豊臣のために尽くすのは分かる。だが、何故私のためにそう尽くす…?」
「たった今、あなたが任せると言ってくださったではありませんか。そもそも今の豊臣の大将はあなたでしょう?…それに、徳川を潰したいと、私自身も思っていますから。その為に力を使うことを惜しむことはありませんから」
三成は鎮流の言葉に小さく笑い、目を伏せた。

貴方も私も人じゃない141

翌日。
「…ん……。…よく寝たな……」
あの後、すぐに床についた鎮流は久しぶりの布団で死んだように眠り、眠るのが早かったからか翌朝は大分早くに目覚めた。
部屋のすぐ外にあった井戸から水を引き上げ、顔を洗う。まだ城の人間は寝ている人間が多いらしい、城は静かだった。
「…半兵衛様のこと、聞きそびれちゃったな…」
鎮流はぽつりとそう呟くと、部屋に戻り手拭いで顔を拭いて、着替えた。
上着に腕を通し、コルセットのような形のスカートの上部を胸の辺りでしっかり締め、外側のリボンを通して結ぶ。カチャカチャ、とスカートに付属している防具代わりの鉄板が音を立てた。腕の防具をつけ、きゅ、と手首の辺りを紐で縛って固定する。
元の形に戻したホルダーを装着し、ふ、と思い立って銃を手に取った。家康に対し発砲した後、なんだかんだと実際に撃つことはなかった。
「…………いえ、やす…さま」
鎮流はそれを見て、ぽつり、と呟いた。だがすぐにそれに丸を装填すると、さっさと部屋を出ていった。

軽い散歩がてら、馬屋の方へ行くと、朝早いというのに三成がいた。
「三成様!」
「…鎮流か。早いな」
「三成様の方こそ…。もう出立されるおつもりで?」
「あぁ、貴様を呼びに行こうと思っていたところだ。馬を出しておく、その間に準備しろ」
「あっ、はい…」
三成は淡々とそれだけ言うと、早々に馬の支度に戻ってしまった。
鎮流は少しばかり三成の態度に思うところがあったが、なにも言わず、準備をするべく足早にその場を去った。
 部屋に戻る前に、鎮流は炊事場に立ち寄った。朝餉の準備のためか、すでにそこだけは賑わっていた。
「…?これはこれは鎮流様!いかがなされました、食事の支度には今少し…」
入り口にいる鎮流に気が付いた女がそう声をかけてきた。鎮流は名前と顔を覚えられていることに少しばかり驚いたが、自分の特徴的な格好と立場を思いだし、それはそれで当然かと思い直しもした。
一月近く離れたせいで、自分の立場というものを少し忘れかけていた。だが、それだけの間姿を消していても、一兵卒と変わらないような配下の人間にも変わらず覚えられ、疑われたりしてはいない事には少し安堵した。
「すみません、直に東へ発つことになりまして…」
「そうなのでございますか!では、弁当が必要ということでございましょうか?」
「ええ、それで今から言うものを作っていただきたいのですが…」
「承知いたしました、なんでございましょう?」


 「遅いぞ!」
「申し訳ありません、お待たせいたしました」
指示したものを作ってもらい、装備品を纏めて城門へ向かう頃には、既に三成が来ていて馬の傍らで待機していた。開口一番遅いと言った三成に鎮流は駆け寄りながらも頭を下げた。
ふん、と三成は鼻を鳴らすと馬にひらりと跨がった。
「行くぞ。遅れるなよ」
「善処いたしますわ」
三成は鎮流も馬に乗ったのを確認すると、馬の腹を蹴って出発した。
 朝早くの街道は、人の姿は殆どなかった。三成はその人気のない道を飛ばしていく。鎮流もなんとかそれについていった。
ふ、と昨晩吉継に言われたことを思いだし、鎮流は声を張り上げた。
「…三成様、そういえば昨日、食事をいただいた時、大谷様より三成様がほとんど食事をなさらないと聞きましたが」
「腹が空かないだけだ。食事をとる時間も惜しい、そんなものはいらん」
「…左様でございますか」
鎮流は三成の返答に目を細め、思った。
自分が思っていた以上に、三成は家康の裏切りによる精神ダメージを受けているようだ、と。
食事は取らないのではなく、取れないのではないか、と。
「…全く、困った人ですわ。徳川家康…」
鎮流はぽつり、とそう呟いた。

貴方も私も人じゃない140

「…奴はそれに加えて、割り切りがいい。恐らく戦場で裏切りが起こっても、迷うことなく排除する…。…以前見たときはいかにも戦場に慣れていない様子だった……そこまでには見えなかった」
「ヒヒッ…三成が凶王となったように、あれもまた変えられてしまったのやもしれぬな…」


 「失礼します、三成様。鎮流にございます」
「…入れ」
三成がいたのはあの日ー家康が蜂起した日ー鎮流がいた部屋だった。三成の許可を得て静かに部屋に入る。
部屋の壁はさすがに直されていた。三成はその部屋の、窓辺に立っていた。
「…早かったな。休まなくてよかったのか」
「ええ、問題ありません」
「そうか。…」
三成は呼び出したはいいが、話すことはなかったようだ。少し困ってように言葉を濁した三成に、鎮流はふっ、と小さく笑って三成の斜め後ろに立った。
「色々な方から何故戻ってきたと言われてしまいました。戻ってきたのが意外なようで」
「!何故だ。貴様が豊臣に戻るのは当然だろう」
「!…さぁ…皆様私が徳川家康を好いていると思っていたようでして」
鎮流は三成の言葉に一瞬はっとしたように三成を見たあと、どこか嬉しそうに小さく笑ってそう言った。
三成は、ふん、と鼻をならす。
「…家康が貴様を気に入っていたようなのは気が付いていたが、貴様もそうなのか」
「………今となっては分かりません。ああいうことをされてしまうと、もう」
「…私は貴様と刑部に策の類いは任せるつもりでいる、異論はないな?」
「無論です」
「……」
即答した鎮流に三成は鎮流を振り返った。それからしばらく、じ、と鎮流を見つめた。
何故見られるのかが分からず、鎮流はぱちぱちと何度かまばたきを繰り返した後に首をかしげた。
「…いかがなさいました?」
「…いや……貴様を疑わなかったかと言われれば、疑わなかったわけではない。貴様も、家康につくのではないか、とな」
「…、……無理もございません。何故と問われなかった、それだけで十分でございます」
「……誰も彼もが家康の罪を責めない…!家康、家康、家康!!なぜ奴なのだ、まるで全てが奴を中心に動いているかのようだ!私から秀吉様を奪い、日ノ本をまた戦乱に叩き込んだ奴が…ッ!」
「…、彼の行いを正当化すること、それがあの人の語る絆とやらの正体なのでしょう」
「…何だと?」
家康の話題を口にしたことで怒りがぶりかえったか、激昂を見せる三成に鎮流は静かにそう言った。怒りを抑えられないながらも不思議そうに問うた三成に、鎮流は身体を抱えるように腕を体に回した。
「…つまり、あの人にとっての絆は、自分に都合のいい存在のことにすぎないということです。秀吉様のことも三成様のことも、あの人はなんとも思っていなかったのでしょう。自分に都合が悪いから捨てた、それだけなのでしょう」
「…いぃえぇやぁすぅうう……!」
「…現に私も、あの方にとっては……庇護し愛でる対象でしかなかったようでしたから。私が欲したものは、そんなものではないというのに」
「…………貴様まさか、何かされたのか」
鎮流の口振りになにか察したか、三成はそう尋ねた。以前ならば気にも止めなかったであろうが、裏切られたことで敏感になってしまったのだろうか。
鎮流は困ったように笑った。
「…………、拐われたその夜に抱かれました」
「…………!」
「…とはいえ、その時のことは、よくは覚えていないのですが…。その後にすぐ戦があったようでしたが、何も話してはくださいませんでした」
「…………そうか。貴様も…裏切られたな」
「……ええ。………どうでもよく、思えてしまいましたが」
「どうでもいい…?」
「あの人の思想も、夢も、そんなもの全てどうでもいい。私はあの人を潰すだけ、それだけしかあの人に対し思うところはありません」
「!……、ふん。当然だ。裏切り者の末路などただ一つだ…!」
三成はそう言うと壁に立て掛けてあった刀を手に取った。
「武田の将、真田幸村から同盟の打診が来ている。貴様も来い、鎮流。明日発つ、用意をしておけ」
「はい!」
そう言って三成は部屋を出ていった。残された鎮流の瞳に宿る光は、豊臣のありし日々に宿していた光と、全く同じ光だった。
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