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賽と狂犬、希望と亡霊27


「貴様ならば当然の働きだ」
三成と合流し、事の次第を報告した左近にかけられた言葉はそんな言葉だった。
三成らしいといえば三成らしい、だがたしかなその誉め言葉に、左近はにやにやと笑みを隠せていないでいた。三成はそんな左近の締まりの無い顔をペチリと持っていた指揮棒で叩いた。
「あいだっ」
「そのだらしのない顔をやめろ左近。あの程度やって当然だと言っている」
「…へへっ、そうっすね」
「聞いているのか左近!」
「聞いてますって!俺は当然のことをしただけで、別に誉められることじゃない」
「……その通りだ。分かったらさっさと動け左近」
「はいっ!」
三成は左近の返答にふんと鼻を鳴らすと、隊に移動の指示を出すべくさっさとその場から立ち去ってしまった。
三成に散々な言われようであった左近であったが、その顔はまだにやついていた。
「…やって当然だっつー、その信頼が嬉しいんだけどなァ……」
どうにも三成に、左近とにやにやの本意は伝わっていなかったようだ。
まぁいいや、と左近は跪いていた身体を起こす。別にその程度のことは三成に知られていようがいまいが重要なことではない。寧ろ知られていない方が都合がいい。
「さぁて、信頼に応えるべく働くとしますかね!」
左近はそう言いながら、自分の隊の元へと戻った。


「…ほほう。左様な反応をするとはな」
そんな二人のやり取りを離れたところから見ていた吉継はぽつりとそう呟いた。
「ヒヒッ、あれを誉め言葉と取るとは、相も変わらず面白き男よなァ」
楽しげにそう言う吉継ではあったが、その目は常通り冷めていて、まったく楽しげではなかった。
ふとそんな吉継を目敏く見つけたらしい、三成が不可解そうに眉間を寄せた。
「何をしている刑部」
少し離れた距離からそう声を張り上げる。近寄ってくる気はないらしい。吉継は体ごと三成に向き直る。
「ナァニ、大したことではない。気にしやるな」
「…?ならばぼやぼやするな刑部、秀吉様率いられる本隊と合流するのだ、左近がしたような策を用いられるようなへまは出来んぞ!」
「ヒッヒッヒ、我がおる限りその程度の策に嵌まりなどせぬわ」
「当然だ」
三成は不愉快そうにそう言って歩みを再開させ、どこぞへと消えていった。
吉継は、ふむ、と小さく呟く。
「…信頼が嬉しい、となァ……」
呟いてから、はた、と気が付いたように我に返り、ふるふると首を振った。
「…何を呟いておるのやら」
そう言って、ふよふよと三成が去った方向へと歩を進めるのだった。



その後、三成の言ったとおり、彼らの隊は本隊と合流するべく移動することとなった。左近は先の作戦の事もあってか、殿を任されていた。
「…重要っちゃあ分かってるけど、一番後ろは面白くねぇなぁ……」
ぽつりとそう呟く。殿からでは遠くに三成の背中が見える程度だ。左腕に近しいとは言えない距離であろう。
「ちぇー…」
ぶつくさ文句を言いながらも、左近はなんだかんだ命を守り、殿を勤めていた。

賽と狂犬、希望と亡霊26

「…なぁ、アンタ」
左近はじ、と勝家を見据える。左近の言葉に視線をあげた勝家の目には、先程の光はもう大分失せていた。
抜け目なく左近を観察し、警戒しながらも隙を探り続けている。それでいて全く熱のないその視線に、今まで散々見てきたその視線に、左近は今更になってそれがひどく不愉快に思えてきた。
「自分の主のこと、どんな風に思ってんだ?」
「…問い掛けの意味が謀りかねる」
「そのまんまの意味だ。アンタ、なんで第六天魔王、織田信長に従ってんだ?」
勝家はそんな左近の問い掛けに、ぴくりと眉を動かして不愉快げそう眉間を寄せた。そんなことは聞かれたくないとでも言いたげだ。
勝家は答えることをしないまま、勢いよく地面を蹴った。
「…無視はひどくねーかなァ…」
左近はおどけたようにそう言いながら、勝家と対峙するべく向かい合い、構えを直す。答えてもらえなかったことはさして気にしていないようだ。
ーそんなことより、そろそろ潮時か…退き時を間違えないようにしねぇとな
勝家の攻撃を受け流しながら左近は辺りに目を配る。織田が体勢を立て直したら、信長本人が出てきたら、この作戦は成功したとは言えない。ギリギリまで粘りながらも、退き時を誤ってはならない。
「…ま、いいけどさ。どうせアンタとは、きっとまた会うだろうからよ」
「…………」
勝家は興味無さげに左近を一瞥した後、ガィン、と音をたてて左近を弾き飛ばした。勢いを無理には受けず、そのまま身体を流すことで左近はその勢いを殺す。
数メートルほど宙を切って、足から慣れたように着地する。ずざぁっ、と勢いよく土埃が舞った。
「…」
左近は再び視線をさっと周りへ飛ばした。織田側の勢いがやや優勢になりつつある。
「…そろそろ退くか」
簡単に退かせてくれるとも限らない。そろそろ限界だろう。
そう判断した左近は撤退を決めた。近くにいた配下の一人に、手でサインを作って密かにそれを伝える。配下の兵が頷いたのを確認して、左近は勝家に向き直った。
「今日はここまでだ」
「…何?」
「だから、ここまで。俺も最後まで斬り込むほど馬鹿じゃないさ。じゃあな、アンタに会えて楽しかったぜ!」
「………ッ!」
楽しかった。
その左近の台詞に、勝家の顔が大きく歪んだ。

不快だ、不愉快だ、お前の何もかもが気に入らない。

そうとでも言いたげな表情に、左近は驚くどころかただ不適に笑うだけだった。
「撤退!」
そしてもう勝家に用はないとでも言いたげに背を向け、そう声を張り上げた。予めサインで伝えられていた彼の部隊はその声を引き金に直ぐ様戦闘を放棄し、我先にと戦場を離脱していった。
そのあまりにもあっさりした撤退に、織田方は戸惑ったのか、ぽかんとしたまますぐには動けないでいた。
「っと!」
一番深く切り込んでいた左近は、そんな彼らを弾き飛ばす勢いで地面を蹴った。大分距離を稼いでから、ちらり、と後ろを振り返っても、勝家が左近を追ってくることはなかった。
「……………」
左近はそこで漸くつまらなそうな表情を浮かべたが、そのまま地面を蹴り続けた。



 「……っはーーーァ」
織田の追っ手を振り切ったところで、漸く左近隊の面々は息をついた。
さしもの左近も息切れしており、どさりと近くの木に背中を預けると、乱れたそれを整えるように何度か大きく息を吸った。
「…失敗はしてねぇ、と、思いたいけどなァ………お前らー生存報告ー」
「うぃー」
左近同様、疲れた声が返事を返す。
確認したところ、大小負傷者はいるものの死者は出ずに済んだようだ。
左近はほっと息をつく。これで人質にでも取られていたら、作戦が全くの無意味に終わるところだった。
「ま、初陣にしちゃ上出来っしょ?」
「なぁーにが初陣だ、無茶な作戦しやがって」
「でも失敗はしなかっただろ?」
「…まぁそうだけどなァ」
少数でもあの織田に一泡ふかすことができた。
傷の痛みよりも、その充足感が上回っているようで、左近に対し憎まれ口を叩きながらもその声色は明るかった。
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