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貴方も私も人じゃない103

「…貴方様のことを信用していないわけではありませんよ」
「だったら…」
「信用と信頼は違いますから」
鎮流はそう言いながらも、家康の腕を振り払おうともがきはしなかった。
家康はそれが意味する意味を察せなかったか、困ったような悔しそうな表情を浮かべた。
「……まだワシは信頼に値しない、ってことか…」
「…お気持ちは嬉しく思いますが、案じてくださるのならば放っておいてはくださいませんか」
「…そうしてあなたは一人で耐えるのか?」
「大したことではありません。それに、自分が撃った弾で人が死ぬのはこれが二度目です」
「!」
「……さすがに至近距離で血を浴びると驚きましたがね。それに女は男が思っているより血に慣れていますから…別に血は大したことではないんですよ、本当に。腰を抜かしたのは、まぁ…さすがにまだ、人殺しには慣れてませんから」
「……ッ」
ぐっ、と鎮流を抱く家康の腕の力が僅かに強くなった。鎮流は家康の肩に押し付けていた額を僅かに離した。
「お離しください家康様。貴方様が何を仰っても、私はおすがりするつもりはございません。私は慣れねばならない身ですから」
「………あなたがそういうことを言うから、ワシはやっぱり後悔してしまう」
「そう仰られても、困ります」
「……」
家康は悲しげに眉間を寄せたが、ぎこちないながらも鎮流から腕を離した。
「…あなたがそこまで言うなら、分かったよ。ただ…耐えきれなくなる前には、ワシを頼ってほしい」
「…、念頭に入れておきます」
家康は鎮流の言葉に小さく何度か頷くと、陣の中から出ていった。
一人残った鎮流は、ふぅ、と深く息を吐き出し、よろよろとその場にしゃがみこんだ。
「……はぁ………」
鎮流はしゃがんだまま、もそもそと上着を脱いだ。血で赤黒く汚れた白い衣服に、殺したという実感が不意に沸き上がるように出てきた。吐き気を催し、慌てて口を両手で抑えた。
「…っ、が、げぇっ………」
だが吐き気は収まらず、思わずその場で少し、吐いた。
食事をしてから大分時間が空いていたからか、ほとんど固形物はなく、胃液がほとんどだった。
「…、いた…」
胃液を吐いたことでひりひりと痛む喉を押さえながら、鎮流は近くの土で吐いたものを埋めた。
脱いだ服をばっ、と裏返しにし、血がついた面を僅かに見えないようにする。あらかじめいくつか持ってきていた同じデザインの服に着替え、手拭いで顔を丁寧に拭った。
「……、あー……やっぱり、キッツい……」
鎮流は家康に聞こえない程度の声でそう呟いた。

前回は遠く、ろくに視認できていなかったからまだマシだった。それでも人を殺したという事実に体は震え、食事はろくに喉を通らず、源三にもばれないように気を付けながらも何度か吐いた。だが今思えば気付かれていたのかもしれない、源三が軍師になることに口うるさく言うようになったのはそれ以来だったような気がする。
だが今回は流石にきつかった。目の前で命が終わるというのを見た。何度か体を痙攣させて、忍は息絶えた。前回よりも遥かに人殺しを実感させた。撃っておきながら、悲鳴をあげるかと思った。

「…でも、慣れなきゃ。そう決めたし、半兵衛様にも言ったじゃない。まだ…」
鎮流はいまだに震える体を、ぐ、と抱き締めた。
鎮流は深く息を吸い込んだ。
「…まだ、すがるわけにはいかない。私は強くなりたい…その為に、乗り越えなければならない…!しっかりしなさい私、これはある種の試練なのだから…!」
そう呟く鎮流の声は僅かに震えていて、あまりに震える体に鎮流は思わず笑った。
「…あまり長い時間こうしてはいられないわ。そろそろ行かないと…」
鎮流はすくっ、と立ち上がると、ばんばんと自分の体、特に足を叩いた。立て、そう言い聞かせるように。
「…今回の戦はこれからが勝負。こんなところで震えて止まってなんていられない。怯えるのも後悔するのも、もっと後よ」
鎮流はそう呟くと踵を返した。
「家康様!本陣に戻ります!」
「…、分かった」
陣幕を上げた時の鎮流は、体の震えも声の震えも止まっており、表情も引き締まっていた。家康は僅かに驚いたように鎮流を見たが、ふ、と小さく笑うと調子を合わせ、先に歩き始めていた鎮流の後についていった。
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