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賽と狂犬、希望と亡霊15



ーー賤ヶ岳で織田軍と伊達軍が衝突したのは、それから数日後のことだった。

「…やれやれ………」
勝家は劣勢であるらしい自軍に小さくそうため息をついた。怒鳴り散らされたような気がするが、些末なことなので覚えていない。
自分の役割は、中枢たる彼のいる場所まで食い込まんとする政宗を蹴散らすことだ。それ以外の事はどうでもいい。
勝家はきゅ、と兜をしっかり装着すると、逆刃薙を手に騒ぎの中心へと向かった。

「………Ah?」
勝家を目に止めた政宗は、訝しげに勝家をじろりと見据えた。その遠慮のない視線を気にすることはない。
「…見ねぇ顔だな。新入りか?」
その視線は非常に不満げな色を宿していた。
面白くない。確かにその目はそう言っていた。
ーだが、それだけではあるまい。
「…その瞳は……私に、何かを示そうというのか?」
勝家は答えを期待することなくそう尋ねた。否、尋ねるという表現は正しくはないだろう。
呟くように、ただ吐き出すように。
「…だが、それに耳を傾けるつもりはない」
「…んだと?」
勝家は手を慣れさせるためか、ぐるりと逆刃薙を回転させ、くるくると手の内で逆刃薙を回す。
ひゅんひゅんひゅん、と空を斬って細い音がする。
「貴方と言葉を交わせとは、聞いていないが故に」
「……………」
政宗は一際不機嫌そうに眉間を寄せーー勢いよく地面を蹴った。
瞬時に間合いを詰めた政宗をつまらなそうに見つめ、逆刃薙で政宗が踏み込むと同時に仕掛けてきた攻撃を軽々と受ける。
「!」
政宗は驚いたように勝家を見た。勝家は逆刃薙を回転させて政宗の刀を弾き、回した勢いでそのまま攻撃を仕掛ける。
政宗は後ろに跳躍してその攻撃を避けた。
「筆頭の攻撃を受けるなんて…」
ざわ、と伊達軍の面子にざわめきが広がったが、政宗も勝家も気にすることなく地面を蹴った。
「おぅら!!」
政宗は六振りある刀の内一振りを引き抜き、両手で交互に攻撃仕掛けてきた。勝家はくるくると逆刃薙を回転させることで器用にそれを受けていく。
なるほど政宗はそれなりの強さを持ち得ているらしい。一撃一撃が重く、ぴり、と腕がその度に痺れるようにうずめく。
「……」
だがそんなことは些末なことだ。
勝家は一際強く逆刃薙を回し、思いきり政宗を弾いた。政宗は思わずバランスを崩し、勝家は振り回した逆刃薙を頭上で回すことでその勢いを消して腰下に落とし、そのまま政宗を一刀両断にする勢いで腰元で体ごと振り回した。
「ッ」
政宗はすぐさま体勢を直し、逆手に置いた出て鞘から刀を引き抜いてその攻撃を避けた。なるほど片方三振りの刀の使い道は多種多様であるらしい。
政宗はその手に持っていた刀を指の間に挟み、受けるために少し抜いた刀も同様に指に挟んで引き抜き、勝家の首元目掛けて振り抜いた。勝家は攻撃したのと反対側の刃と腕の外側に回した柄でそれを受け、下から上に振り回して弾いた。
「…つまらねぇ目をしていやがる」
政宗はチッ、と悪態をついて距離をとった。政宗はふぅ、と小さく息を吐き出すと、ぐ、と腰を落とし、残っていた三振りの刀を一気に引き抜いた。

賽と狂犬、希望と亡霊14

「…伊達政宗……」
同時刻、賤ヶ岳。
勝家は、軍議で出てきた聞きなれぬ名前に、ポツリとその名を復唱した。
なんでも、織田の後衛である勝家ら賤ヶ岳の隊に向けて、その伊達政宗という男が進行してきているらしい。
勝家が漏らした声に、他の将が驚いたように勝家を見た。
「どうした勝家?貴様でも興が沸いたか?」
「…いえ、そのようなこと、私に許されることですらありませんが故に…」
「ふん…相変わらず辛気くさい男よ」
男は勝家の返答につまらなそうにそう返し、興味を無くしたように視線を戻していった。
勝家にとって、相手が誰であろうと本当に興味はない。
ただ、いくら後衛にすぎないとはいえ、織田軍相手に隠れることなくこちらに向かってくる男、というものには存在には興味があった。
「……愚かなことを…」
思い返すのは哀れな男。
同じように織田に挑み、あっけなく負けた男を。
「…ふっ……」
そう思い返すのも馬鹿馬鹿しい。無駄なことだ。
勝家はそう胸の裡で呟き、他の将らが言い交わす作戦を頭に叩き込むべく、聞くことに徹した。彼らは作戦が失敗すると勝家に対し怒りを露にする。別に怒りを向けられることなど何とも思わないが、光秀に報告され仕置きとなると些か面倒だ。だからここは成功させておくに限る。
「…………………」
勝家は政宗への興味をとうになくし、ただ聞くに徹するだけとなった。



 「そんな男は知らん」
「えぇっ?!」
一方の左近は、仕事を速急に終わらせ三成に報告しにきたついでに、政宗のことを三成に尋ねてみた。
敵に対し優位に立つには相手の情報を知っていることが一番である。だからこそ三成に聞きに来たのだが、ご覧の通り一太刀の元に斬り捨てられてしまった。
左近はぱくぱくと口を動かす。
「え、ちょ、次の戦の大将首っすよ!?」
「…あぁ、そういえばそんな名前だったか」
「そんな名前っす!!」
「ふん、どうせ死ぬ男だ名前を覚えることに何の意味がある」
「!」
三成は左近の剣幕に疲れたような呆れたようなため息を漏らし、そう言った。左近は三成の言葉に一瞬はっとした表情を浮かべたが、すぐに我に返った。
「いや、名前は大事っすよ!三成様だって、例えば、例えばの話っすよ?秀吉様を倒した相手に名前など覚えてないって言われたら、」
「秀吉様を倒すものなどいるものかァァアアアッ!!」
「だから!例えばの!話っす!!!」
「………ふん。秀吉様の御名を知らぬなど許されることではない」
「それはあちらさんも同じじゃないっすか?」
「奥州の子蛇程度を秀吉様と同列に並べるな」
「あーっ!だから例えの話ですってば!!」
左近は、はぁ、と小さくため息をついた。
どうにも三成には融通が効かない。いや、それは分かりきっていたことではあったが、例え話も駄目となると些か説明が難しい。
「…」
うーんうーん、と、どう説明したものかと悩む左近に三成は目を細めた。そして、ふ、と三成も考え込むように指を口元に当てた。
「…ふん。貴様の例えは腹立たしいが、分からないことはない」
「へ?」

「だが私にとって敵の御首などどうでもいいものだ。私にとって秀吉様が全てだからな。だが、貴様がそう言うなら、私の代わりに貴様が覚えておけ」

「…!はいっ!」
左近は驚いたように三成を見たが、すぐに嬉しそうにそう返答した。

賽と狂犬、希望と亡霊13

それからの左近の日々は怒濤の忙しさではあったが、それまでに比べれば非常に充実したものだった。
命を懸けられる相手がいる。
強くなりたい理由がある。
それだけで、それが出来ただけで、左近にとってはこの世は満ち足りていた。
「左近!!貴様また賭場に行ったな!!?」
「い゛っ!!やべっ、」
上司となった三成が堅物であることが唯一の難点ではあるが、それ以外は何の不満もない、最高の職場だった。
ー俺は、ここにいる
幸せすぎて、一瞬どころか度々夢なのではないかと思ってしまう時がある。一度それを三成に言ってみたら、
「馬鹿か貴様は。これが夢であるものか。呆けている暇があるなら仕事のひとつでもこなせ!!」
と、怒られてしまったので、それ以来口にはしないようにしている。ただ、三成が夢ではないと断言してくれたことは、確かに嬉しかったし安心できた。
ー俺は確かに、ここにいるんだ…!
「左近!」
「ぅえっ!?はいっ!」
「この前の報告はどうした!そもそも貴様の字は読めん!!練習しろ!!」
「えぇーっ?!や、報告は今しようと思ってて、てかそんな読めねぇっすか!?」
「書き直せ!」
「えーっ!ちょ、待ってくださいよ三成様ー!」
だが安心できている一方、豊臣にはまだ馴染みきれていなかった。
一番胡散臭く感じているのは吉継だ。最初に会った時は三成の気性をよく知る、三成と親しいだけの軍師だと思っていたのだが、近くにいるようになってその考えが揺らいできていた。
吉継は確かに三成の気性をよく理解している。だから三成が吉継に怒ることはほとんどないし、戦場においても全面の信頼をおいているように見える。
だがその一方で、吉継はどこか三成を自分の目的のために利用しているように見える。いつだか吉継が言っていた。
ーみな等しく不幸になってしまえと、そう思うこともあってなァ。ヒヒッ
冗談めいたようにそう言っていたが、左近はそれは吉継の本心であろうと思っていた。皆を不幸にするために三成を利用し、敵を滅している。彼らの上司である豊臣秀吉が描くような強き日ノ本の為ではなく、そこで否応なしに生み出されてしまう不幸を拡散させる為に戦っているのだと。自らの力では及ばないがゆえに、三成を利用していると。
左近はそう思い、かつてより吉継を警戒していた。
「三成ィ、賢人殿からの文が届きやったぞ」
「!半兵衛様からか。次の行軍の指示か…?」
左近の思いは露知らず、三成は吉継を信頼している。
そんな三成の背中を見送りながら、左近は目を細めた。
「…ま、三成様が警戒しないんなら、俺がしとけばいいだけか」
左近はふっ、と小さく笑ってそう言うと、書き直せとの言葉のために増えてしまった仕事を両手に抱え、やれやれと思いながらも自分の仕事部屋へと向かった。

「…次は伊達との戦いらしいぞ……」

だがその途中で、そんな会話が耳に入り、左近は思わず足を止めた。
「…伊達……?伊達政宗か?」
世情に疎い左近でも聞き覚えのある名前。つまり、今までの戦で相手にしていた者よりも、強い者が相手になるということだ。
「ーーー!!こうしちゃいられねぇ!!」
強い者との勝負は好きだった。だからこそ、こんな仕事はさっさと終わらせて、鍛練をするに限る。
左近はそう思い、だっ、と勢いよく駆け出した。

賽と狂犬、希望と亡霊12

勝負の結果は、左近の圧勝だった。他の面子が各々自己申告するまでもなく、敵を滅した数は明らかに左近が勝っていたからだ。
それほどまでに左近は敵を倒した。大して返り血を浴びることはなく、終わった直後でも、にへら、と普段通りの笑みを浮かべていた。人を殺したことへの良心の介錯など微塵もないかのように。
本心がどうであるかなど知れたことではないが、少なくとも左近の振る舞いはそう見えた。それは恐ろしくもあったが、暫定的に彼の部下であった荒くれ者共にはたくましく映ったのだ。
「アンタ強ェじゃねぇか!決めたぜ、俺はアンタについていくぜ!」
「てめー抜け駆けすんな!俺もだ!」
「ははっ!!ありがとよ!」
荒くれ者共は部下として左近に従うことをあっさり了承した。そこは豊臣家臣、力こそがすべて、強き者こそがトップに立つもの、そうした意思思想は末端まで同じなようであった。
「ほう、うまいことをやりやる」
吉継は彼らに囲まれ、その中でもみくちゃにされながらもわいわいと楽しげな左近を見て、ぽつりそう呟いた。隣に立っていた三成は、吉継の言葉に気が付いたように視線を左近の方へやって、うすく目を細めた。
「…そういえば、戦場で奴の姿は目立ったな」
「ほう?主も気付いておったか」
「私が来てからは私の後ろにしかいなかったがな」
ふん、と鼻をならす。辛辣な言い振りの割には三成は機嫌良さげであり、左近の初戦は完全に成功に終わったと言えよう。
吉継はそんな三成に、ヒッヒと小さく笑い声をあげた。
「ヒヒッ。あれはなかなか見処のある男よなァ。武功をあげただけでなく、部下まで手懐けおった。あまり頭の回る男には見えなんだが…」
「ふん、当然だ」
三成は珍しい吉継の賛辞に格段興味を示すこともなく、さっさと本陣へと足を向けた。吉継はその三成の信頼しように僅かに驚いたが、彼が一度信用したならば一切疑わないことは身をもってよく知っていたので、それもそうかと自分を納得させた。
「あ、三成様ー!待ってくださいよー!」
左近はその頃になってようやく三成の姿に気がつき、部下のもとを離れると慌てて三成を追いかけていった。
「…ヒヒ。徳川が豊臣を去ってどうなることかと思いきや…よいモノが見つかったものよ。………あるいは」
じゃれつく左近を怒鳴り付けながらも邪険にはしない三成の態度に、吉継は目を細める。
その目は獲物を見据えるかのように左近を見据えていた。
「…代替品として気にでも入ったか……」
吉継は、確かに左近を警戒していた。それは裏切りやスパイを警戒する目ではない。
恐らく左近はスパイではない。あれがスパイだというならば、雇い主は些か間抜けが過ぎる。そして彼の態度や口振り、昨日の自分への対応を見ても、左近は豊臣云々よりも三成その者にしか興味関心がない。だからこそ、三成を裏切ることもないだろう。
それが、ある意味吉継にとっては最大の懸念であった。

ーアレが、三成を崩さねばよいのだが

自分の中でそう浮かんだ言葉に、吉継は苦々しげに眉間を寄せた。
そうした懸念を抱かせる左近も、自分がそこまで気に掛ける理由も、どちらも彼にとって煩わしいものだった。
吉継はそんな自分に、はぁ、と小さくため息をついた。そして、遠くから振り返り、
「何をしている刑部!さっさと来い!」
そう怒鳴り付けている三成の元へ向かうべく、輿を動かした。

賽と狂犬、希望と亡霊11

そうして翌日。まだ薄暗い中で、左近にとっての初戦となる戦が始まった。
吉継の言った通り、左近の元に配属されたなかなか普通に指揮を下そうとすれば骨を降りそうな顔揃えだった。自分の腕に自信を持つもの、左近を見下しているもの、そもそも誰であろうと指示など聞く気がなさそうなもの、そのバリエーションは様々だ。
左近はその面子の前に立った。吉継にああ言われた時点で、左近にまともな策を考えるつもりはなかった。彼ら問題児は吉継にとって左近と同じような存在なのだろうと考えた。
なら、自分が気にくわない上司に従わねばならない時、従う気になる命令とはなにか。
そう考え、答えを出した。
「どーも。隊長になっちまった島左近だ」
左近の声かけに一応の反応を示す。その辺りは彼らがまだ豊臣軍にいられる所以なのだろう。
隊長という立場であることは確かなので、下手に下手に出ることはしない。そうしなければ、さらに嘗められるだけだ。左近にとっても、自信のない隊長など従う気になどならない相手だったからだ。
左近はにっ、と笑って両手をあげた。自分の余裕を見せるように。戦に負けるつもりなどないと、そう言うかのように。
「俺からする指示はたった1つだけだ」
「1つだけ、だと?」
すぐにそう返した男に、やはり左近は笑って返す。
「俺は細かい指示をするつもりはない。おたくさんらだって、いきなり来た奴の指示なんて聞きたくないだろ?」
「…否定はしねぇな」
「だから俺が出すのはある意味指示じゃあない。俺と、賭けをしよう」
「賭け…?」
不思議そうな顔を浮かべる面子に、左近は刀を抜いてそれを立てて持った。

「今度の戦は俺との勝負だ。仕組みは単純さ、俺より多く敵兵を殺せた奴の勝ち!俺が勝ったら俺は今後正式におたくらの隊長として、指示を飛ばすようになる。俺に勝てたら、俺が三成様にそいつを俺の代わりに隊長にするよう進言して俺はそいつの下につく」

ざわ、とざわめく反応に、左近は心のなかでガッツポーズをした。
ーよし、やっぱり乗った!
問題児などと言い方をされる時点で、血気盛んな者が多いであろうことが簡単に予想できた。だからこその提案だ。
いまだざわめく面子に向かい、左近は挑発的に笑って見せた。
「悪くない話だろ?」
「…隊長になりたい訳ではない自分には、利点がない」
「ふーん?ま、いいけど、なら不戦勝で俺の勝ち、だな?」
「……ッ」
「反対するやつは?」
どこまでも挑発的に。
どこまでも馬鹿にしたように。
俺に勝てる奴なんているわけがない、そう言うかのように、どこまでも不遜に。
「やってやろうじゃねぇか!」
そうすれば、簡単にこの荒くれものの集団は乗ってきた。
左近はにやりと笑う。
まずはじめの賭けに、左近は勝った。
「ぃよし!なら戦の開始と共に勝負開始だ!殺した数は自己申告の形にする。おたくさんらの力と自尊心、俺に見せてくれよ!」
「貴様こそ、後で泣いて詫びても許さんからなァ!」
「ははっ、ありえねーっしょ!」
左近はそう返し、残る片方の刀も引き抜き、両手でくるくると回転させて構えた。
それと同時に、遠くから開戦を知らせる法螺貝の音が響き渡った。
「さぁ!張った張った!」
左近はそう言うと己が部下に背を向け、省みることなく、振り返ることなく地面を蹴って先頭を駆けた。
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