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貴方も私も人じゃない83

秀吉は半兵衛の姿を見ると僅かに眉間を寄せた。まだ背中を向けていた半兵衛は、髪の毛の血をとっていなかったことに気がつき、慌てて手拭いでその部分を拭い、落ちたことを確認してから秀吉を振り返った。
「…、半兵衛、服はどうした?」
「あぁ、さっき鎮流君が持ってきてくれた食事の汁物を、飲もうとしたときに熱くて思わず派手に溢してしまってね。髪の毛にまでついてしまったんだ、全くみっともない話だよ。とにかく、それで変えたんだ」
「……、本当か?」
「君に嘘をついてどうするんだい。それより、どうしたんだい?秀吉」
秀吉は半兵衛の言葉に目を細めた。半兵衛の嘘にー嘘をついている、という点についてのみー気がついているようではあったが、それを言及することはなかった。そして、ぽつり、と溢すように口を開く。
「…我には貴様だけがいればよい」


扉の前にいた鎮流は、秀吉の言葉に動きを止めた。扉にかけようとしていた手で、ぐ、と拳を作る。
「………」
ーやはり、私はいらないのか
そう思い、扉を開けることが出来なくなった。鎮流は悔しげに眉間を寄せたが、それもそうかと半ば自棄になりながらも自分を納得させる。
部屋の中から、半兵衛がカラカラと笑っているのが聞こえてきた。

「…なるほどそういうことか」
「何?」
眉間を寄せた秀吉に、半兵衛は困ったように笑った。
「彼女が不安がっていたんだよ、君の言葉にね。そう邪険にすることはないじゃないか、秀吉」
笑みに加え、困ったような半兵衛の声色に、秀吉は小さくため息をついた。半兵衛の言葉に、秀吉も僅かに困っているようだ。
「…あの女子を邪険にしたつもりなどないわ。…ただ貴様の後釜などいらぬと言っている」
どこか拗ねたような秀吉の口ぶりに、半兵衛は苦笑を浮かべた。
「…そうにもいかないよ、僕だっていつ何が起こるか分からない。そうなってしまってからでは遅いんだ。策をいくつも考えるのと同じことだよ、秀吉。それに彼女は僕よりも統治に関しては優秀だ、きっと日ノ本を統一し終えた後君の役に立つよ」
「…………」
「…、そこまで僕を信頼してくれていることは嬉しいよ、秀吉。だからこそ、僕の人を見る目も信じてほしいんだ」
「…、分かっている」
「だったら分かってくれ、秀吉。彼女は必要な人材だ」
「…半兵衛」
「なんだい?」
「貴様の考えはよく分かった。だから我にも一つ言わせろ」
「もちろん、何でも言ってくれ」
秀吉は、じ、と半兵衛を見すえ、目を細めた。
「…小田原を落としたらしばし休め。貴様はろくに休んでいない」
「…!」
「………邪魔をしたな、それだけよ」
秀吉はそれだけ言うと、くるりと踵を返し、扉を開いた。
扉の前で固まっていた鎮流はそれに飛び上がる。秀吉も僅かに驚いたように鎮流を見下ろす。
「…っ、失礼し「鎮流よ」
慌てて前から斜め後ろに下がり、膝をつこうとした鎮流に、秀吉が言葉を遮るように名を呼んだ。
名前を覚えられていた事に鎮流は僅かに驚き、膝をつくのも忘れて思わず顔をあげた。秀吉は笑うでもなく怒るでもなく、静かに鎮流を見下ろした。
「貴様に誤解を与えたようだな」
「…ッ!!そのようなことは、」
「貴様が要らぬとは思っておらぬ。半兵衛が見込んだ貴様の働き、期待している」
秀吉はぽん、と鎮流の頭に手を置くとそう告げ、驚いたようにぽかんとしている鎮流を置いてどこかへと行ってしまった。

貴方も私も人じゃない82

鎮流はその後、近くの井戸まで行って手拭いを濡らしてきた。秋頃の季節であるためか、水はほんのり冷たかった。
「半兵衛様、入ります」
鎮流は濡らした手拭いと羽織を手に部屋へと戻った。半兵衛は一応収まったらしい、ぜぇぜぇと僅かに息を上げていたが、血を吐くことは止まったようだ。横にさせた後も少し吐いたらしく、洋服と髪の一部が赤くなっていた。
「……鎮流君、もう大丈夫だよ」
「駄目です。しばらく安静にしていてください。それから、冷たいかもしれませんが、胸を冷やしてください」
「冷やす…?どうして、」
「いいから起き上がらないでください!」
起き上がろうとする半兵衛を強引に引き留め、鎮流は汚れた服を脱がせて羽織の1つを羽織らせた。僅かにはだけさせた胸に手拭いを置いて持たせ、仰向けに寝かせる。そして手拭いで塗れないようにしながら他の羽織を毛布のように半兵衛の体にかけた。余った部分は小さく丸めて、枕代わりになるようにした。
なすがままにされながら、半兵衛はくすりと笑った。
「…これが応急処置かい?」
「……何もしないよりかはいくぶんマシかと。喀血…呼吸器からの出血の時は体を温め、胸を冷やせと習ったことがあります」
「ふぅん、そう」
半兵衛は笑ったままごろり、と横に向けていた首を上に向けた。鎮流はす、と目を細める。
「…おそらく半兵衛様が患っておいでの病は、近くにいるはずの三成様や秀吉様、他の兵に同様の症状が見られないことから見ても、私のいた所でいうところの肺炎だと思われます」
「はいえん…?」
「肺…胸部にある、呼吸する時に主に使われる内臓のことです。肺炎というのは、その部位が炎症を起こしている病気です」
「…、いまいちよく分からないけど、腫れてる、ってことかな?」
「簡単に言えば、そう言えます。理屈は私にもよく分かりませんが、基本的に病気は温めた方がよいのです。今は血を吐いたので冷やしていますが、普段はなるべく冷やさないようにしてください」
「……、ふふ、分かったよ」
半兵衛はそう言って笑うと、ふぅ、と息をついた。
鎮流は鎮流で、他に持ってきていた手拭いで床の血を拭っていた。肺からの出血だけあって、かなりの鮮血だった。
「…ッ」
僅かに香る鉄臭い臭いに、僅かに吐き気を催す。鎮流は拭いていない方の手で口元を覆った。
ーー気持ち悪い。血って、普通でもこんなに鼻につくの…?
「…、血は見慣れないかい?」
「いえ…そういうわけでありません、お気になさらず」
「すまないね、そんなことまでさせて」
「…、血の掃除は女は手慣れたものですよ、半兵衛様」
「…、そう」
いたずらっぽくそう言った鎮流に半兵衛はすまなそうに眉尻を下げ、目を伏せた。


 それから少しして。
「半兵衛」
「!秀吉…」
不意に秀吉が半兵衛の元を訪れた。鎮流は血の始末をした手拭いを始末しにいっており、部屋にいない。僅かに半兵衛は焦ったが、人払いの話を聞いていたのか、すぐには入ってこない。
半兵衛は起き上がり、体にかけられていた羽織を部屋の隅へと置いた。そして、ふと小机に置かれた食事に気がつき、その中の味噌汁の椀を手に取ると窓から外へその中身を捨てた。
「入って構わないよ、秀吉」
半兵衛は手拭いを小机に起き、開いていた胸元を整えるとそう声をかけた。
からり、と小さな音を立てて扉が開き、秀吉が中に入ってきた。

貴方も私も人じゃない81

その夜。
「半兵衛様」
鎮流は食事の盆を手に半兵衛がいると伝えられた部屋を訪れていた。大阪城が出陣の準備にばたばたと慌ただしくなっている中、半兵衛は一人で部屋にいて、静かだった。
半兵衛は机に散らばせた地図から顔をあげた。鎮流は腰を落とし、膝の上に盆をおきながら後ろ手に扉を閉じた。
「…お食事をお持ちいたしました」
「あれ?君が?あぁ…それはすまなかったね」
「いえ、たまたま途中で運ぶ者に会い、半兵衛様にいくつかお聞きしたいこともありましたので…なにかお手伝いできることはありますでしょうか」
鎮流は半兵衛の方へと向かいながら、ちらりと机の上を見下ろした。
「…いくつ、策をたてられるのですか?」
「考えられるもの全てさ。まぁだからちょっとキリ無くてね…ありがとう鎮流君、向こうの小机に置いておいてくれるかな?」
「はい」
「……っ、う、」
「っ?!」
半兵衛に言われた場所へ盆を置いたとき、背後の半兵衛が不意に呻いた。
はっ、と鎮流が慌てて振り返った時には、ガタンと音を立てて机が倒れ、半兵衛がその隣で膝をついて胸を抱えていた。
「げほっ、がはっ!」
「半兵衛様!!」
鎮流は慌てて半兵衛に駆け寄り、背をさすった。ぼたぼたっ、と半兵衛が口を押さえた指の間から血が垂れた。
さぁっ、と鎮流の顔が青ざめる。
「半兵衛様…ッ!…ッ、思い出せ、喀血の応急処置……!」
鎮流は混乱しそうになっている自分を落ち着けるべく一度深く息を吸い、応急処置を思い出そうと頭を巡らせるべく目を閉じた。
ワンテンポ空いて、鎮流は目を開いた。その時には焦りや混乱は一旦消えているように見えた。
「半兵衛様、横になってください!」
「っ、今、横になった、ら、が、ふっ…」
「横向きになってください!下の腕を頭の下に、上側の手は下の脇に差し入れてください!そうすれば口が下を向きますから!その体勢で少し待っていてください!」
げほげほと咳を繰り返す半兵衛を鎮流は横向きに横たえさせ、自分は急いで部屋を出た。
出ると同時に他の者の目に触れぬようにすぐに扉を閉めた。ささっ、と左右を見渡し、一番近くの部屋に入る。
「えっ、うっ、おっ?」
「女の子…?」
「…あ、あっ!鎮流様!」
「あ、あぁ!そうだ!半兵衛様の!」
中にいた兵達はしばし混乱した様子を見せたあと、今日紹介された鎮流だということに気がつき、慌てて平伏した。
鎮流は構うことなく膝をついて視線の高さを合わせる。
「突然申し訳ありません、羽織か布団の類いはありませんか?」
「え?あ、ありますっ!おい持ってこい、あ、いくつ?」
「二、三枚いただけますか?」
「はい!でもまたなんで羽織を」
不思議そうな兵に鎮流はにこ、とどこかいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「…先程部屋にお伺いしましたら、半兵衛様がお眠りになっていらっしゃいました。このところ戦続きで忙しくしてあまり寝ていらっしゃらなかったので、この機にお休みいただければと思いまして。…ですので、しばらくの間半兵衛様のお部屋は人払いをお願いできますでしょうか?」
「あ、なるほど。はい!承知いたしました!」
「ありがとうございます、お手数お掛けします」
鎮流はそう言うと小さく頭を下げ、羽織の類いを受けとると部屋を出た。
「半兵衛様がお休みならば、静かにしないとな!」
「よし、周りの奴等にも伝えておこう!」
兵らはそう言いながら、鎮流に言われた通りに人払いするべく辺りへと散っていった。

貴方も私も人じゃない80

「…こんな感じだよ、人数把握はできた?」
「…、はい、大丈夫です。明日までには完全に覚えます」
「暗記は得意かい?」
「やり方にコツは得ているつもりです」
「そう。隊を動かすには隊を分かっていないといけない。ここで訓練している子達もさっき言った通り隊に加わる。君ならどこに配置する?」
半兵衛は隊表をぱたりと閉じ、ついでにといった様にそう尋ねた。鎮流は書き込んでいた手帳から視線をあげ、うーん、と小さく唸った。
目の前で稽古にいそしむ若者達は皆活気に溢れ、気合いも上々そうに見える。
「…、実践経験はないのですよね?」
「あぁ、稽古で試合をする程度だ」
「…各方面の、逃げ出した敵兵の殲滅及び外部の敵に対し配置される第二中隊の五番のち十二番隊までは、前線に。そこならば恐らくさして大きな戦闘にはならないでしょうから、戦闘に慣れるには丁度いいかと。戦闘前線に出る第一中隊と残り第二中隊では、無いとは思いますが最悪の場合足手まといになりかねないので後方、がよいかと」
「…何故足手まといになると?」
「稽古と実戦はやはり違います。人それぞれ…本人が思った以上に精神に痛みを覚える方もいるでしょう。それはやってみないと分からない…想像の範疇を簡単に超えるものです。それを配慮した上で」
「ふぅん…そんなものかい?」
「強いと思っていても存外弱かったり、一見弱いのに心根は強かったりするものです…今後何があるか分かりません、新兵の教育は、恐らく日ノ本での戦が終わっても続くでしょう?ならば、念には念をいれても無駄ではないかと」
「……へぇ、分かるかい?」
半兵衛は鎮流の、新兵の教育は続く、という言葉に驚いたように目を見開いたあと、どこか不適な笑みを浮かべてそう尋ねた。
鎮流は半兵衛の方を振り返る。
「…、秀吉様と打ち合わせた部屋に、世界地図がありました。世界を臨む意思がないのにあのようなものを大々的に飾るとは思えず」
「…その通りだよ、日ノ本の次は世界だ。だからこそ、僕の後釜が必要なんだよ」
「………世界は、広うございます」
「分かるよ。日ノ本があれだけちっぽけなんだもの。…日ノ本は、ただのちっぽけな国であっちゃあいけないんだ」
半兵衛はそう言って、きゅ、と拳を作った。そのまま半兵衛は拳を見下ろす。
「…だから僕らは世界に出ていかなければ」
「………」
「何か意見があるかい?」
「…、半兵衛様のお気持ちは分かりますが、世界への進出は少し時を置かねば、厳しいかと思われます」
「それは、日ノ本が一つになっていないから、かな?」
「はい。話を聞く限りでは、どうにもこの国の人間は、一度負けたくらいで屈するような人間ではないように思われます。それがたとえどれだけ無謀であっても、迷惑なほどに自分の正義をがむしゃらなまでに突き通す……まずはそれを調教しなければ、厳しいかと」
「…ふふっ、やっぱり君は、政治面では僕以上に優秀なようだ」
半兵衛は鎮流の言葉を聞き、困ったように眉尻を下げながら笑った。半兵衛がそんな顔をするとは思わず鎮流はわずかに息を呑み、あわてて視線をさまよわせた。

―この方でも、そんな顔をするだなんて
―それほどまでに、無茶なまでに焦るほどに、病がさしせまっているのか…

「…その通りかもしれないね、僕が焦っていたようだ」
半兵衛はどこか力なくそう言った。鎮流は、ぐっ、と拳を握りしめた。
「…私が」
「?」
「私が、可能な限りに早く、まとめてみせます。どのような方法を使っても…半兵衛様の時が終わる前に…!」
「…、ありがとう、鎮流君。僕は本当にいい物を家康君からもらったようだ」
半兵衛は鎮流の言葉にわずかに驚いたように鎮流を見た後、ふわり、と嬉しそうに笑って鎮流の頭を撫でた。鎮流はわずかに頬を赤らめたが、半兵衛の焦りの気持ちと、半兵衛の死へもはや秒読みが始まってしまっていることに、小さく唇を噛んだ。

自分の無力さに、久しぶりにふがいなくなった。

貴方も私も人じゃない79

「………」
鎮流が出ていったのを秀吉は横目に確認し、視線をまた外へと戻した。
秀吉は鎮流に会ったとき、なんとなく半兵衛が以前口にしていた「気になる子」だろうと思っていた。まさか本当に半兵衛が言っていた通り、再び出会うとまでは思っていなかったが。
「…後釜、か」
秀吉はぽつりとそう呟き、目を細めた。


 鎮流は秀吉の言葉を気にかけながらも、半兵衛に指示された場所へと向かった。そこには新兵指導のためか、道場のようなものがあった。
道場の中では稽古をしているのだろうか、木刀のぶつかる音が外にも響いている。
「…剣道か…痣だらけになるってやらせてもらえなかったな」
鎮流は道場の外で待ちながら、ぽつりとそうつぶやいた。
それから少しして、半兵衛が姿を見せた。
「ごめんね、お待たせ。中に入ってくれてもよかったのに」
「お邪魔かと思って…」
「はは、新人とはいえその程度で気が散るほど腑抜けじゃないさ」
半兵衛はそう言いながら道場の扉を開いた。開けたところで、稽古中の男たちは誰も振り返らなかった。
半兵衛は鎮流と共に道場のすみに腰を下ろした。
「一先ず編成を……どうしたの?」
「、えっ?」
半兵衛は、軍の編成表なのだろうか、何かの紙を広げたが、ふと鎮流の顔を見てそう尋ねた。鎮流は驚いたように半兵衛を見、顔に手を当てた。
半兵衛は首をかしげる。
「…、なんだか不服そうな顔してるけど」
「えっ?いえ、………少し、気になることが」
「へぇ?」
「…秀吉様が、何故半兵衛様の誘いに乗ったのか、と…」
「!………、そう」
「よい、と言われてしまったので、お答えはできなかったのですが…」
「…気にしなくていい、興味が出たんだろうよ。君みたいな若い女の子は、豊臣とは無縁だから」
「………そうですか」

その割には
秀吉が声に滲ませていた、色合いは。

「(……私などいらないと、言いたげな雰囲気だった…)」
鎮流は、ぐ、と拳を作った。半兵衛はそんな鎮流に目を細めたが、何も言わなかった。
「…、君も分かっただろうけど、秀吉はあまり余計なことは言わない質でね」
「…?」
「どうしても気になるなら聞いてみるといいさ。君なら大丈夫だとは思うけど、礼節には気をつけてね。まぁ、彼は寛大だから怒りはしないけどね。答えてくれなくなるかもしれないけど、ふふふっ」
「………、はい…」
聞きたいような、聞きたくないような、そんな気持ちではあったが、思った以上に何を考えているかが分からない秀吉が、何を思っていたのかは気になる鎮流だった。
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