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貴方も私も人じゃない175

「…そう、ですか。ならば、それまでは生きねばなりませんね」
「…いい、のか?」
「……私は、子を成すには早すぎました。親になる覚悟もなく、子を作りたいと思うほどの愛も知らない…そんな人間に、子を成すなど、許されてなるものですか」
「なら……」
「ですが、貴方が必要だというのならば話は別です。私は母親にはなれませんが、貴方は、父親にはなれるかもしれない」
「……………」
「何故必要か……の、理由はお聞きしません。聞かない方が、私が楽でしょうから。……それでは、せいぜい大事にするといたしましょう」
鎮流はそう言って、とんとん、と柔らかく自分の腹を叩いた。
家康は言い出しておきながら、悲しげに眉間を寄せた。だがすぐに小さく笑みを浮かべた。
「…もう少し、迷惑をかける」
「……そうですね」
自分は、彼女にとって悪い方の選択肢を選んだ。そう思った。
それでも、一瞬空気が和らいだのを感じた。それに甘えていたかった。少しでも生かしたかった。

それが、彼女の腹の中の子が必要な理由だった。

ー…最低な男だ、ワシは
家康はそう心のうちで呟いた。それでも、撤回はできなかった。
それだけ家康は、彼女を愛してしまっていた。それほどまでに、一人の人間として欲してしまった。





 数日後、家康は主要な将ら面子を集め、これまでの総括と、今後の仕置きを通達していた。
仕置き、といっても大したことはない。処刑すべきほどのものは、ほとんど関ヶ原で死んでいたからだ。領地が減ったり、隠居の身になったり、そういった程度のことで済んだ。
問題は、元親と鎮流の話だった。集めた場で異論を上げるものはいなかったが、解散した後食いかかってくる者も勿論いた。
「どういうことだ徳川!! 」
誰かといえば、それは孫市だ。孫市の行動に予想がついていたのか、その場には政宗と慶次も残っていた。
「…座ってくれ孫市」
「納得がいかない!元親が殺されたのに、奴は生かすだと?!」
「落ち着け三代目。雑賀の名が泣くぜ?」
「…ッ伊達…!」
「家康。あの女を生かしているのは、女のため、じゃあねぇんだろ?」
政宗は孫市を制止し、にや、とした笑みを浮かべながらそう口にした。孫市は驚いたように政宗を見た後、家康を振り返った。
家康は困ったように笑う。
「…まぁな。悪いが理由は教えられない」
「何…?」
「だとよ。そう逆らうのもよくねぇと思うぜ?ただでさえアンタの行動で雑賀の評判は落ちてんだ。やめとけ」
「………ッ」

誰が広めたのかは知らないが、雑賀衆が契約を途中で放棄し敵に回った事が、世間で広まってしまっていた。
それが鎮流の企んだことかは判断できないが、雑賀衆が今まで築いてきた評判が地に落ちたのは事実だ。

「…」
「これから戦はねぇ、と願いたいが、最後の戦で大ポカかました上に、天下人にいきなり逆らった、なんてアンタが狂ったと思われかねないぜ?西海のは今黒田が調査してるとこだ、その内亡骸も出てくる」
「…………」
「……やーれやれ。怖い顔しちゃって、まぁ」
政宗はそんな風におどけながら肩を竦めた。

貴方も私も人じゃない174

はぁ、はぁ、と息を荒げた家康は視線をさ迷わせた。
言うつもりはなかった言葉なのだろう。否、とっさに出てしまった本音なのだろう。自ら察されまいと隠していたはずの本音を、だ。
滑稽な話である。
「………家康」
忠次はしばらく戸惑っていたが、ふぅ、と息を吐き出すと静かにそう声をかけた。その声に怒りはない。確かに自分にはわからないと、自覚があるのだろう。
「…それでも……駄目だ。彼女はただの一兵じゃないんだ」
「…………………………」
「……ッ。………?お嬢様…?」
源三は忠次の言葉に僅かに目を伏せた後、ふ、と気が付いたように鎮流を見下ろした。体を支えていない方の源三の手は、鎮流の腹の上にあった。
鎮流は、ちっ、と源三に気付かれないように小さく舌打ちした。
源三はそんな鎮流の態度には気が付かなかったが、顔を蒼白にさせて鎮流の顔を見た。
「お嬢様!!この腹は!!」
「?」
「は、はら?」
不意に声を張り上げた源三に、二人は驚いたように源三を見た。鎮流は源三の手を払い除ける。
「…何?」
「誤魔化されますな!これは…ッ子を成しておいででしょう!!」
「「!!」」
源三の声に二人の表情が変わる。忠次は驚いたように、家康はそれに加えて呆然としたように。
鎮流は、はぁ、とため息をついた。
「…そうですね」
「どなたですか!」
「その方にしか話したくないわ。これに関しては私だって色々と思うことがあるのよ」
「…そんなもの、お一人しかおりませんでしょうに…ッ!」
「へぇ?だったら気を使ってくださらない?」
「…ッお嬢様…」
「………もう私は、あなたの記憶の中の私とはかけ離れた人間よ。同じと見るなら、あなたが苦しむだけよ、源三」
「……………………。忠次殿」
「えっ、なっ、ちょっ!?」
源三はぷいとそっぽを向いてそう言った鎮流に、悔しげに顔を歪めた。だが、少しばかり悩んだ後、源三は腰をあげ、忠次の腕を引いて座敷牢を出ていった。混乱したままの忠次は源三の腕を払う暇もなく、そのまま連れ出されて二人の視界から消えていった。
消えて、少ししてから、どすん、と家康が腰を下ろした。腰を下ろしたというよりかは、膝から力が抜けて崩れ落ちたと言った方がいいだろうか。
「…鎮流、殿」
「……まさか腹をさわっただけで分かるなんて。老齢の殿方は油断できませんね」
「………それは」
「西軍では軍師でしたからね。手を出す無謀な人間はいませんでしたよ」
「……………」
父親はお前だと。鎮流は直接言いはしなかったが、それを隠そうともしなかった。
家康は困ったようにふぅ、とため息をついた。がしがし、と髪をかきみだす。
「……そう、か。その……迷惑を、かけた」
「全くです」
「…………」
「必要ですか?」
「え?」
鎮流へなんと声をかけるべきかと悩んでいる家康に、鎮流は唐突にそう尋ねた。驚いたように振り返った家康を、鎮流はじっと見つめる。
「…必要ですか」
「…………それは」
「…私は。正直、どうすればいいのか分かりません。ですから、貴方の意見で決めようかと」
「…もしいらないと、そうワシが言ったら、」
「産む前に始末できればいいのですがね」
「…!鎮流殿っ、」
「もし産むのだとしても、育て上げられる自信はございませんよ」
「…ッ」
鎮流の反論は最もだ。
普通、憎い男の子供など愛せるわけがない。
家康はそう思った。
産んだとしても、鎮流は育てる自信がないという。ならばいっそのこと。
鎮流はそう言いたいのだろう。
だが。
「………必要だ。ワシには、必要だ」
「……………」
「…産んでくれ」
家康は鎮流に向かって、そう言っていた。

貴方も私も人じゃない173

「………鎮流殿」
来たか。
声を聞いた鎮流はそう思い、顔をあげた。ガチャリ、と鍵の開く音がする。そちらに目をやれば、家康が座敷牢の中へ入ってきていた。
鎮流はゆっくりと体を起こし、姿勢を正した。家康も、そんな鎮流の前にゆっくりと腰を下ろした。
「…なんで来たかは分かるな」
家康は笑っていなかった。きゅ、と唇は噛んでいるかのように真一文字に結んでいる。それだけで用件は察することができた。
「漸くご決断されたのですか?」
「!……相変わらず、何もかもお見通しって訳か」
「伊達政宗から聞いたのでしょう?」
「……あぁ。本当なのか」
「ええ」
「……官兵衛は…」
「あの方には死体を隠す場所を無理矢理提供していただいただけ…私の独断ですわ」
「……………」
「疑っておいでですか?なんなら掘り起こしてみればよろしいでしょう。…もう骨になったかしら」
「…………ッ」
「!」
家康がぎり、と歯を鳴らしたかと思うと、視界が大きく揺れた。少し遅れて現状を把握しようとすると、どうやら家康が自分のことを押し倒したのだと分かった。
「…………」
家康は険しい表情のまま、鎮流の細い首に手をかけた。手甲のない、傷だらけだが僅かに温かいそれに、首が包まれる。
ーあら
鎮流はくすり、と小さく笑った。
「…手ずから殺してくださるの?」
「………………」
家康は、そうだ、と言わんばかりに、ゆっくりと指に力を込め始めた。


思えばあっという間だった。
家康の元から逃げ、こうして捕らえられるまで、西軍で過ごした時間。人生でもっとも頭を使った時間であったはずなのに、ここにくるまではあっという間だった。思い出そうとしても、断片的にしか思い出せない。

全力で走ってきたようだった。
生きるために走っていたのか。
それとも今、家康に殺されることを喜んだように、死ぬために走っていたのか。
ここに来て、それがわからなくなってしまった。

「ーーーーぐ、ぁーーーーー」

気道を閉められ、呼吸が止まる。酸素を求め、顔が赤くなる。
不思議と、そこまで苦しくはなかった。霞始めた視界で、唇を引き結ぶ家康の顔がぼんやりと見える。

もういいや

そう思う。腹の子供も、もはやどうでもいい。
このうっすらと泣きそうな、馬鹿みたいに優しくて、そして忘れられない愛おしさを抱かせたこの男に、静かに生を終わらせられるのならば。
それも悪くはない。寧ろ、最期としてはいい、とすら思える。

鎮流は抵抗せず、首の温かさに身を委ね、目を伏せた。
これで終わると思った。
これで終われると、思ったのだが。


「ーーーー家康ッ!!!」

不意に座敷牢へ踏み込んできた忠次により、それは叶わなかった。

家康は忠次に引き剥がされ、急に開いた気道に体は酸素を求め、鎮流は体を丸めながら何度か蒸せた。
家康はぐいぐいと引っ張る忠次を振り払い、ぎっ、と険しい顔で忠次を見据える。鎮流も体を起こし、忠次を睨み見る。
「「何故邪魔を!!」」
皮肉なことに言葉が被った。忠次と、そして遅れて入ってきたようだ、源三は驚いたように二人を見ていた。
「お嬢様!」
「源……ッ!!何故あなたがここにいるの!!」
「お嬢様のお言いつけ通り、私の好きに動かさせていただいた結果でございます!」
源三はそう言いながら鎮流に駆け寄り、その体を抱え起こした。
忠次は二人の間に割って入るように立ち塞がり、家康を見据えた。
「…家康。何やってんだ。殺すなら殺すで、手順踏まねぇと駄目だろうが」
「…邪魔をしないでくれ」
「いいやするね、お前がここで彼女をーー」

「お前に何が分かる!!」

がっ、と。
噛みつくように家康はそう叫んだ。忠次は驚いたようにたじろいだ。

貴方も私も人じゃない172


ーーー
「………なんだっ、て?」
呆然としたような家康の言葉に、政宗は肩を竦める。幸村も何も言わず、視線を斜め下に落としている。
あの後、そのまま家康の元へ赴いた二人は鎮流から聞いた話を伝えていた。元親が死んだ、そう聞いた家康は、しばらく目を見開いたまま固まっていた。
政宗はそんな家康の反応を待っていたが、あまりに固まったまま動かないので、大仰にため息をついた。
「家康?聞いてんのか」
「え、あ、う、あ、あぁ……」
「だから、長曾我部はもう探す必要はねぇな」
「…!独眼竜……ッ」
「俺に対して怒んなよ」
「………そうだな、すまない…」
「………しかし、皆殺しとは、恐ろしいお方でござる」
幸村の呟くような言葉に、家康はきゅ、と唇を噛む。政宗はぐるぐると首を回した。家康のもやもやした態度に、早々興味が尽きてきたようだ。
「…で?あいつの処遇、どうするんだ?野郎が長曾我部を殺したのは半分私怨なんだぜ?」
「…………分かっている」
「どう分かってるんだ?今のままのお前じゃ、結局あの女を飼い殺して終わりそうだけどな」
「ま、政宗殿」
「アンタもそう思うだろ真田、今のこいつに、あの女を処刑なんて出来ねぇってよ」
「………………」
挑発するような政宗の言葉をいさめた幸村であったが、返された言葉を否定しきれず口をつぐむ。家康は、はぁ、と小さくため息をついた。

政宗の言葉が自身を案じての言葉であることは分かる。
天下人となった今、西軍に属していた側の人間に、それも軍師であった人間にそう甘い采配をくだすことは出来ない。それは東軍はおろか、日ノ本の民の信頼を失いかねない行為であるからだ。
よくて島流し、最悪は死刑だ。それくらいしなければ世間は納得しない。
そして今、鎮流は東軍に勝つためのみならず、家康への私怨により長曾我部の軍勢を皆殺しにするという、大罪を犯していることが明らかになってしまった。

もはや、死の宣告をくだすことは、避けられない。

家康は政宗に向けて、笑い顔を作ってみせた。
「散々な言いようだなぁ…。……そこまで馬鹿じゃあないさ」
「へぇ?ならいいんだけどよ。まぁだが、見事なもんだよな」
「……?何がだ」
「あの女が、だよ。四国にいた奴等だって全員行方不明を疑っていなかった。西軍の奴等の話を聞いてもそうだ。やることはド派手だが、周りへの対処も完璧すぎる」
「…………そうだな」
「あの女、昔からそうなのか?」
「…、彼女はそうだな。そうだった。相手を欺くために味方をも欺く。その手腕は鮮やかすぎて、欺かれたと分かっても怒りが沸かなかったくらいだ」
家康はかつての戦を思いだし、目を細める。
そう、あの時は三成ともども見事に騙されたものだった。そこまで昔ではないはずなのに、あまりの懐かしさに涙が出そうなほどだった。
幸村は家康の言葉にほう、と感心したように声をあげる。
「…なんと。まだお若き方だというのに……」
「……だが…ここまで情け容赦なくはなかったよ。そうしてしまったのは、多分ワシなんだろうな」
「………そうかもなァ」
「…」
政宗は否定しない。
家康は、ふっ、と柔らかく笑い、立ち上がった。
「…ちょっと行ってくるよ」
家康はそう言って、鎮流のいる座敷牢へ足を向けた。

貴方も私も人じゃない171

「……………」
「大谷様が徳川対抗の為に用意した手札です。捨てれば私も捨てられてしまいます」
「…、よく言うぜ」
「ふふっ、そうですね。我ながらよくもまぁこうも女々しい台詞が吐けるものだと思います」
捨てられるかもしれない恐怖から黙っていたわけではないくせに。
そう語る政宗の視線に、鎮流は否定するでもなく口元に手を当て、クスクスと笑う。
「………なら答えろ。アイツはどこに消えた?関与してねぇとは言わせねぇぞ、女」
「……………………」
鎮流はにやにやとした笑みを浮かべたまま、すぐには答えない。政宗は苛立ったように帯刀していた刀の柄に手を置く。
「…そうですねぇ。貴方はどう思いますか?」
「は?」
「ですから、長曾我部元親がどこにいると思っているのかと、聞いているのです」
「…………三代目…雑賀の頭領からも話は聞いてる。考えられるとしたら、黒田の領の坑道の深部。傭兵風情じゃそう中まで入り込めねぇし、あそこは地下だ。早々周りからも見えねぇ」
「いい線行っていますね」
「!…だけどアイツの軍の奴全員を閉じ込めるのはいくら坑道とはいえ…」
「……ふふ。だからいい線を行っていると」
「……?……、まさか」
にこにこと機嫌良さそうに笑いながらそう言う鎮流に政宗はしばし眉間を寄せた後、はっとしたように目を見開いた。その顔は僅かに青ざめている。幸村も、政宗の反応に少し遅れて気が付いたらしい、次いで顔を青ざめさせた。
「……てめぇ」
「もうあの方はこの世にはおりませんよ。私が手ずから命を終わらせましたから」
「…」
「あの方も油断していらっしゃったのでしょうね、私に人は殺せぬと。甘いお方、最初の人殺しなど、豊臣が顕在していた時ですわ」
「……………ッ」
政宗はぎっ、と鎮流を睨むように見た。鎮流は涼しい顔でそれを受ける。
政宗はしばらく鎮流を睨んでいたが、ふっ、と不意にその表情を崩した。
「…いや。仮にも西軍の軍師だ。人も殺せぬような奴がなるわけがないか」
「ご理解がよく何よりでございます」
「…ということは、貴殿は長曾我部殿の軍の方を全て…?!」
「…………」
鎮流はただ、静かに笑ってそれに返した。幸村は一瞬目を見開き、ぐ、と唇を噛んだ。
政宗はしばらく黙り混んだ後、俯いていた顔をあげた。
「…家康には、なんで話さなかったんだ?」
「その気になれなかったからです。正直今思えば、長曾我部殿を殺しまでしたのは、徳川殿憎さというのもありましたので」
「…なんでそんなに憎いんだ?」
「……あの方は私を好いているとおっしゃいました。ですがあの方が求めていたのは女としての私。私自身ではなかったのです」
「…そう、なのか……」
「……私も……好いていたのです。だからこそ……私自身を見てくださらないのは屈辱だった。悲しかった」
「………………」
「初めて得た居場所が軍師という立場でした。初めて心から尊敬できたのが半兵衛様でした。初めて心酔というものを理解できたのが秀吉様でした。…初めて好いたのが、徳川殿でした。…半兵衛様以外の私が初めて得ることができたもの、それを全てあの方は奪った……。憎いという気持ちを飛び越え、もうどうでもよい気持ちが強かった……」
「……」
「……なんて、私は何を語っているのでしょうね。気まぐれが過ぎました」
鎮流は二人の表情にふと我に返り、あきれたようにぽつりそう呟いた。そしてぷい、と二人から顔をそらし目を閉じた。
これ以上話すことはない。話したくない。
そう、語っていた。
「……政宗殿、参りましょう」
「…………悪いが今の話。家康に言うぞ」
「……………ご自由に」
幸村は政宗を誘うようにそう言い、政宗も鎮流にそう言って立ち上がった。
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