スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

貴方も私も人じゃない22

「今回は幸いすぐに戦があるし、今日はこれから軍議がある。これから準備するから、手伝ってもらえるかな?」
「承知いたしました」
鎮流は半兵衛の言葉にそう答えると、半兵衛の指示にしたがい会議の準備を始めた。
指示通りに地図やら碁石やらを用意し机の上に並べていると、ばさりと陣幕を捲って男が入ってきた。
「お呼びでしょうか、はん…」
男の言葉は、男の視界に鎮流が入ったことで途切れた。突然途切れた言葉を不審に思った鎮流もそちらを見、戸惑ったように動きを止めた。
二人に遅れてその様子に気がついた半兵衛は、ぷっ、と小さく吹き出した。
「ふふっ、そういえばどちらにも紹介していなかったね。鎮流君、彼は石田三成君。僕ら豊臣の総大将、秀吉の左腕とも称される実力者だ」
「!お初にお目にかかります石田三成様。鎮流と申します」
鎮流は半兵衛の言葉にはっと我に帰ると、軽く膝を折って頭を下げた。鎮流のその所作に半ば呆然としていた三成も我に帰ったように居住まいを正した。
「三成君、彼女は鎮流君。家康君が拾ってきた子なんだけど、優秀な子だから昨日から軍師の見習いとして僕の下についてもらってる」
「家康が?…」
三成はじとり、と鎮流を見据えた。鎮流は敢えて視線はあわせず、頭を下げたままにしていた。
三成はしばし鎮流を見つめたあと、気まずそうにしながら口を開いた。
「しかし、半兵衛様…その…」
「ふふふっ、二人、前髪似てるよね、ふふっ」
「………っ」
そう、三成と鎮流の前髪は形状が酷似していたのだ。奇妙な偶然に二人は先ほど思わず思考を止めてしまい、今は笑い出した半兵衛に釣られたか、二人とも口許を押さえた。
「はー…親戚とかじゃ、ないよね?」
「…私には分かりかねます」
「私の親族に、石田様のような美丈夫はおりませんでした」
「びっ…?!」
「ふふ、君は口がうまいね、鎮流君」
「え?あ、いえ、つい思ったままのことを…!お気を悪くされたのならば謝ります」
鎮流の言葉に僅かに顔をそらした三成に、鎮流は慌ててそう弁明した。
三成は、そんな鎮流の言葉に僅かに戸惑ったように鎮流を見た。

貴方も私も人じゃない21

「!」
半兵衛は目を見開く。
鎮流はそのまま左手を手首が柄に当たるような位置に持ち上げ左手で柄を掴み、半兵衛の左手に回る。そしてそのまま流れるように半兵衛の後方へと回りながらぐいと刀を掴んだ左手を自分の腰元へ向けて引き寄せ、その際に半兵衛の手首を右手で掴み、ぐるりと自分の背側に半兵衛を回して腕を捻ると、左手で刀を奪って脇に抱えると同時に右手で掴んだ半兵衛を床へと引きずり落とした。

この間僅か3秒。
合気道の典型的な剣取りである。

「いたたたた」
右手を捻られた形で倒された半兵衛がそう声をあげれば、さぁっ、と鎮流の顔が青ざめ、鎮流は慌てて手を離し、その場で膝をついた。
「も、申し訳ありません竹中様!体が勝手に…」
「構わないよ、先にいきなり刀を振り上げたのは僕だし、そんなに言うほど痛くはなかったから。君も、手加減したろう?」
「……練習通りにしただけです…」
半兵衛は立ち上がり、鎮流が差し出した刀を受け取って滑らかに納めた。捻られた腕を何度か振った後、面白そうに鎮流を見下ろした。
「…それにしても、今の凄いね。僕も手を抜いていたとはいえ、女の子にあんな簡単に転ばされちゃうとは思わなかったよ」
「…護身の為に、と、幼い頃から習わされてきましたので……」
「へぇ…刀以外でも出来るの?今の護身みたいの」
「いえ…刀と短刀、あとは棒術くらいで…棒は多少扱うことも出来ますが」
「ふぅん…じゃあ近距離戦闘は護身ならできる、っていう感じか」
半兵衛はそう呟くように言うと、少し考える様子を見せ、ふっ、と小さく笑い、ぽんと手を叩いた。
「なら、武器を持たせるなら君には鉄砲が向いているかもね」
「鉄砲……でございますか」
「火縄より小さいものが手に入ってね。中、遠距離が君には不向きだ、無いより持っていた方がいいだろう?」
「…あ、あの、銃器は扱ったことはないのですが…」
焦ったようにそう答える鎮流に、半兵衛はまた、ふふ、と笑う。
膝をついたままの鎮流に視線を合わせるように半兵衛も膝を折り、ぽんぽんと鎮流の肩を叩いた。鎮流は驚いたように半兵衛の顔を見る。
半兵衛は優しく笑みを浮かべていた。
「焦ることはないさ。僕は君が全く戦闘紛いの事が出来なかったとしても気にしなかったよ、僕が君に見込んだのは君の才だからだ」
「…!」
「寧ろ、君が護身とはいえあれだけ動くことができるなら君を育てる手間が少し省けたといってもいい。銃は策の使い方と一緒に覚えてもらうよ。…君が戦うのが嫌でなければ、ね?」
鎮流は半兵衛の言葉に僅かに目を細めた。
半兵衛は、鎮流に人殺しをすることになるかもしれない覚悟はあるのかと、暗に聞いているのだ。
鎮流は、ぐ、と拳を作った。
「…私は人を殺したことはありません、ですが、不特定多数の人間を好んだこともありません。…生きることは戦いです、私は死にたくない、その為に他の誰かを殺さなければならないならば、そのときは……覚悟を決めます」
「……いい目だ、全く君は僕の期待を裏切らない、素敵な子だ」
半兵衛は鎮流の返答に、楽しそうな笑みを浮かべた。

貴方も私も人じゃない20

「……、………」
鎮流は了承したことで納得したらしい家康を、静かに見つめた。
何かを隠すような家康の笑みが少しばかり癇に障ったが、指摘しては色々と拗れるような気がして、口にはしなかった。
「…そういうわけで、明日より豊臣軍本隊に移ります。短い間でしたが、お世話になりました、徳川様」
「…んー……なぁ、鎮流殿!」
「?何でございましょう」
「その、これから貴方は同行人ではなく、仲間になる。だから、ワシの事は名前で呼んでくれないか…?あ、いや無理にとは言わないぞ!」
名前で呼んでくれ、という言葉に訝しげに家康を見る鎮流に、家康はあわてて体の前で手を降った。
鎮流は僅かに首をかしげる。鎮流にとって、人の呼び方など敬称以外で気にしたことはなかったからだ。
「…何故ですか?」
「う、あー…その、徳川様というのは他人行儀に感じてしまって、な…」
「………つまり、家康様とお呼びすればよい、と?」
「む、無理にとは言わないぞ!あなたが呼びたいように、呼んでくれればいいから…」
「?それでは徳川様という呼び方が嫌だという事に矛盾いたしませんか?」
「うぐっ………ま、まぁそうなんだが…」
「お、お嬢様…」
家康が言わんとすることを微妙に理解できていない鎮流に家康は焦り、源三も僅かに困ったような表情を浮かべた。
鎮流はイマイチ理解できないものの、ふむ、と小さく呟いた。
「よく分かりませんが、次から家康様とお呼びすることにいたします。貴方の仰る通り、仲間となると貴方は上官ということになるでしょうので」
「…うん、ありがとう」
家康は困ったように笑いながらも、何故かどこか嬉しそうにそう言ったのだった。



 翌日から、鎮流は半兵衛の部下として動くことになった。朝挨拶に来た鎮流に、半兵衛はじろりと鎮流の出で立ちを見る。
「…初めて会った時も思ったけど、面白い服だよね、君の服」
「左様、でございますか」
鎮流は半兵衛の言葉に自分の体を見下ろした。
特に衣服を持ち合わせていない鎮流は、来たときのまま、制服を着ていた。私立女子高の鎮流の制服は白いワイシャツと、胸元から伸びるすらりと長いロングスカートで、ボディラインにそった作りになっている。
「今の格好のままではあまり走り回ったりするのには向いていなさそうだ、近いうちに装束を作らせるとしよう」
「走り回る…ですか」
「戦場に出るのは嫌かい?」
「いえ、軍師ともなれば戦場にいるのが普通でしょう、ただ足手まといになるのではないか、と…」
「………ふぅん」
鎮流の言葉に目を細めた半兵衛は、じ、と鎮流を見た後、不意に刀を抜いて上から薙ぎ下ろすように攻撃してきた。
「!」
本気で攻撃するつもりはもちろんないのだろう、ゆっくりとしたそれに、だが鎮流は僅かに目を見開くと、ぐっと前に出て右手で半兵衛の握る柄を掴んだ。

貴方も私も人じゃない19

「…基本的に殿方は、自分より優秀な女は嫌うもの、芽は摘み取るもの…なのでございますよ」
「………そういう傾向があるのは否定できないが…」
「特にせいじ……私の周りはそれが強かった。お陰様で、兄には随分嫌われたものです」
「!」
「私のことを優秀だと誉める他所の方々は、かならず見合いを勧めてきました。女なんて、所詮その程度。基本的に、政略の道具でしかない。どうせ父も内心はそう思っているのでしょう、最近縁談の話をよく聞かされましたから」
「…」
「…竹中様は私を道具としてではなく、男と同じ扱いをしてくださった。正直、初めてなんですよ、そんな風に認めていただけるのは…」
鎮流はそう言ってどこか嬉しそうに笑った。家康はそんな表情を浮かべる鎮流に眉間を寄せる。
「…半兵衛殿はあなたが思っているよりずっと恐ろしい人だ、君のことだって…」
「そうですね、利用しているだけかもしれません。ですが、それで私がここで生き抜く力が手には入るのならばそれはそれで構いません。私もあの方を利用するまで、それだけです。…それに、他人から恐ろしいと言われるのは私も同じですからね」
「ッ!」
家康の表情があからさまに歪んだ。それは驚きのような、悲しみのような、そんな表情だった。源三も、鎮流の発言に僅かに息をのみ、目をそらした。
鎮流は家康を振り返り、薄く笑みを浮かべた。
「…貴方は優しい方です。ですが、どうぞお気遣いなく。…敢えて申し上げれば、騙そうとする人間には敏感ですので、御心配には及びません」
「…分かった、なら、鎮流殿」
家康は戸惑ったように口をパクパクとさせたが、鎮流を説得するのは無理と判断したか、ぐ、と拳を作り目を伏せると、視線をあげ鎮流と目を合わせた。

「あなたが軍師になったその時は、ワシの軍の軍師になってくれないか?」

「はっ?」
鎮流はきょとんと首をかしげた。家康はどこか寂しそうに笑う。
「…あなたを連れてきてしまったのはワシだ。だから、責任はワシが取りたい」
「…、仰りたい事は分からないでもないところですが、最終的にそうした事をお決めになるのは竹中様だと思われます」
「…ははっ、確かに君に言っても無理な話かもしれないが……嫌か?」
「…今は、仮に貴方の所へ配属されても、特別嫌とは思いません」
「ふふ…ありがとう。何か困ったこととかがあればいつでも言ってくれ、な?」
「…、ええ、では遠慮なく頼らせていただきます」
鎮流はそわそわと自分を見る家康に小さく笑い、そう答えると、家康は嬉しそうに笑った。


ーどうにも家康は豊臣の純粋な部下ではないらしい。
鎮流はそう判断した。

貴方も私も人じゃない18

「…私を…軍師に……?」
「あぁ。…僕には時間がない。策を立てる軍師も人手不足なのは同じでね。君にはその素質がある、素質がない人間を育てるより遥かに早く身に付けるだろう。興味はないかい?」
「……しかしこのご時世、女の言う話に耳を傾ける殿方は少ないのでは…?」
「その通りだね。でも、僕の全てを君が受け継げられればそれすらも覆せる。豊臣は力を尊ぶ、実力者であればそれがなんであろうと関係ない。君が生きる道を、君だけの知能で切り開けられるようになる…と言ったら?」
「!」
鎮流はぶるり、と体を震わせた。

ーそれは恐怖からのそれではなく、快感に跳ねるかのような震えーー
鎮流はぞくぞくとするものを感じながら、僅かに頬をも昂揚させていた。
何故かは彼女自身にも分からない。
ただひたすら、興奮を感じていた。

半兵衛は嬉しそうな楽しそうな、見るものを惑わせ誘惑させるかのような、妖艶な笑みを浮かべる。差し伸べていた手をそのまま上にあげ、鎮流の頬に添えた。
つつ、と半兵衛の細い指が鎮流の頬を這う。びくっ、と鎮流は肩を跳ねさせた。
「…ふふ、可愛い子だね」
「………貴方には…まるで人の心が読めるかのようですね」
「そうかな?それが怖いかい?」
「……いいえ」
「君ならそう言うと思ったよ、鎮流くん。…もう心は決まっているだろう?」
鎮流は自分の目を見る半兵衛から目をそらせないまま小さく頷き、その場で膝をついた。
「…一命に変えましても」
「ありがとう。これからよろしく頼むよ、鎮流くん」
「はい……竹中様」

こうして鎮流は、豊臣軍の一員になることが決まった。


 「軍師になる…?!何を仰っておいでなのですか、お嬢様!」
「決まったことよ、あまり大きな声を出さないでくださる?じいや」
「しかし…ッ」
その日の夜、源三に半兵衛の弟子の形で豊臣軍に入る、と言った鎮流の言葉に源三は戸惑ったように鎮流を見た。同席していた家康も持っていた籠手を取り落としたのに気がつかないまま、きょとんと鎮流を見ていた。
「…ちょっと待ってくれ鎮流殿、あなたがそんなことをする必要は、」
「元より私は貴方の妻でもなければ親族でも部下でもありません。いつまでも貴方の世話になり続けるわけには参りませんので」
「だからといって軍師だなんて…!あなたは戦場を知らない!危険すぎる!」
家康はようやく我に帰り、落とした籠手を拾ってそう言った。鎮流は僅かに目を細める。
「危険を伴わない人生などありませんよ。初めに申しあげたはずです、信頼できぬ者に生かされることは望まないと」
「ワシを数日で信用しろというのは無理な話だというのは分かる、だけど」
「…私を、あんな風に認めてくださった方はいないのですよ、徳川様」
ぽつり、と鎮流が呟くように口にした言葉に、家康は戸惑いながらも首をかしげた。
<<prev next>>
カレンダー
<< 2014年05月 >>
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31