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貴方も私も人じゃない165

「よっとぉ!………あれ?」
「どうした?」
「…西軍……撤退していないかい?」
「え?」
孫市はその言葉に慌てて周りを見渡した。相手をするのに必死で、そこまで気が回らなかった。確かに、言われてみれば西軍の動きがおかしい。
「…馬鹿な。どうして撤退など」
「それは俺には分からねぇけど…」
「奴が撤退なんてするはずが………まさか、」
「?ちょ、待ってよ孫市!」
孫市は、鎮流が撤退など命じるはずがないと思っていた。
そこまで長い付き合いではないが、忘れられない鎮流の瞳。自信過剰というわけではないが、その瞳には絶対の自信と、勝つ意思があった。何にも屈さない、何者にも負けない、そうした色があった。その色のもとに、鎮流の瞳は光っていたのだ。
そんな鎮流が撤退など、明らかに敗けを認めるような選択をするはずがない。

そんなことがあるとするならば。

そこまで考えてある考えに至り、孫市は三成と家康、二人が戦っている場に向けて走り出した。




 「………三成、気付いてるか。西軍が撤退してる」
家康は高くなっている己の戦場から関ヶ原を見下ろし、そうぽつりと呟いた。
家康の背後には、地面に倒れ伏した三成の姿があった。三成の体は上下に動いていて、まだ生きていることが伺えた。三成は家康の言葉になにも反応しなかった。
「……彼女は、ここにいるのか?」
「…………………」
「…………」
二人の間に会話らしい会話はない。何を話せばいいかも分からなかった。そもそも、話すことなどもなかった。
どたどた、と不意に二人のいる場所へ駆け上がってくる足音がした。
「………慶次」
家康は登ってきた男の顔を見て、静かにそう呟いた。
男ー前田慶次は、三成と家康の様子を見て眉間を寄せた。すぐ後に続くように登ってきた孫市も、よい表情をしてはいなかった。
「………家康………」
「………………」
「……間に合わなかった、か…」
家康は慶次の言葉にふい、と視線をそらした。慶次は深く息を吐き出して、その場に座り込んだ。孫市もそんな慶次の後ろで腕を組んで立った。
ずん、と思い空気が3人の間に流れた時、不意に馬の駆ける音が近付いてきた。
「…?」
馬は西軍の撤退による混乱など気にも止めないように真っ直ぐこちらへと向かってくる。家康は念のために拳に力を込めた。
がっ、と砂利を蹴散らすようにしながら、馬は家康の戦場の入り口で立ち止まった。
「…!!」
馬に乗っていた人物を見て、家康の目が極限まで見開かれた。
「…あらあら。ろくに仕事もこなせない傭兵風情が誰を連れてきたのかと思えば…そんな珍妙な格好と装備から見るに、風来坊とやらの前田慶次でしたか」
「…?!」
「鎮流、殿……」
ずけずけとそう言う言葉に慶次は驚いたように、家康は呆然としたように、馬の騎手、鎮流を見上げた。孫市は鎮流の言葉にぴくりと眉を寄せた。
「…今なんと言った?」
「事実を述べたまでですよ?契約が切れたわけでもないのに勝手に消えてあまつさえ邪魔をしに来た、雑賀の頭領さん?」
「…ッ」
確かに事実ではあるため、孫市は言葉につまる。鎮流は馬から降りると、固まっている家康に見向きもせず三成の側へ歩み寄った。
「…三成様」
「…………」
鎮流は、よいしょ、と三成の体を抱えあげた。ぴくりとも動かず、目を伏せていた三成だったが、鎮流の言葉に僅かに目を開き、鎮流を見上げた。
「…刑部、は」
「…残念ながら」
「……私は…負けたのか……」
「ええ」
鎮流は三成の乱れた髪を整え、顔の泥を拭った。三成はふっ、と小さく笑う。
「……私を恨むか?鎮流」
「何故です?それを言うならば、私の台詞ですよ」
「…………」
「お疲れ様でした、三成様。…お疲れ様でした」
鎮流は言い含めるように、2度そう言った。三成は意外そうに鎮流を見た後、穏やかな笑みを浮かべた。
「……もう、いいと……貴様はそう言うのか。私は負けたというのに」
「…」
「…そうか……。…先に行くぞ……先に行って…」
三成は言いながら目を閉じ、言い切らぬうちにその口を閉ざした。
「……ええ。いずれ私も追い付きます」
鎮流は小さくそう呟き、起こしていた三成の体を静かに横たえた。
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