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貴方も私も人じゃない173

「………鎮流殿」
来たか。
声を聞いた鎮流はそう思い、顔をあげた。ガチャリ、と鍵の開く音がする。そちらに目をやれば、家康が座敷牢の中へ入ってきていた。
鎮流はゆっくりと体を起こし、姿勢を正した。家康も、そんな鎮流の前にゆっくりと腰を下ろした。
「…なんで来たかは分かるな」
家康は笑っていなかった。きゅ、と唇は噛んでいるかのように真一文字に結んでいる。それだけで用件は察することができた。
「漸くご決断されたのですか?」
「!……相変わらず、何もかもお見通しって訳か」
「伊達政宗から聞いたのでしょう?」
「……あぁ。本当なのか」
「ええ」
「……官兵衛は…」
「あの方には死体を隠す場所を無理矢理提供していただいただけ…私の独断ですわ」
「……………」
「疑っておいでですか?なんなら掘り起こしてみればよろしいでしょう。…もう骨になったかしら」
「…………ッ」
「!」
家康がぎり、と歯を鳴らしたかと思うと、視界が大きく揺れた。少し遅れて現状を把握しようとすると、どうやら家康が自分のことを押し倒したのだと分かった。
「…………」
家康は険しい表情のまま、鎮流の細い首に手をかけた。手甲のない、傷だらけだが僅かに温かいそれに、首が包まれる。
ーあら
鎮流はくすり、と小さく笑った。
「…手ずから殺してくださるの?」
「………………」
家康は、そうだ、と言わんばかりに、ゆっくりと指に力を込め始めた。


思えばあっという間だった。
家康の元から逃げ、こうして捕らえられるまで、西軍で過ごした時間。人生でもっとも頭を使った時間であったはずなのに、ここにくるまではあっという間だった。思い出そうとしても、断片的にしか思い出せない。

全力で走ってきたようだった。
生きるために走っていたのか。
それとも今、家康に殺されることを喜んだように、死ぬために走っていたのか。
ここに来て、それがわからなくなってしまった。

「ーーーーぐ、ぁーーーーー」

気道を閉められ、呼吸が止まる。酸素を求め、顔が赤くなる。
不思議と、そこまで苦しくはなかった。霞始めた視界で、唇を引き結ぶ家康の顔がぼんやりと見える。

もういいや

そう思う。腹の子供も、もはやどうでもいい。
このうっすらと泣きそうな、馬鹿みたいに優しくて、そして忘れられない愛おしさを抱かせたこの男に、静かに生を終わらせられるのならば。
それも悪くはない。寧ろ、最期としてはいい、とすら思える。

鎮流は抵抗せず、首の温かさに身を委ね、目を伏せた。
これで終わると思った。
これで終われると、思ったのだが。


「ーーーー家康ッ!!!」

不意に座敷牢へ踏み込んできた忠次により、それは叶わなかった。

家康は忠次に引き剥がされ、急に開いた気道に体は酸素を求め、鎮流は体を丸めながら何度か蒸せた。
家康はぐいぐいと引っ張る忠次を振り払い、ぎっ、と険しい顔で忠次を見据える。鎮流も体を起こし、忠次を睨み見る。
「「何故邪魔を!!」」
皮肉なことに言葉が被った。忠次と、そして遅れて入ってきたようだ、源三は驚いたように二人を見ていた。
「お嬢様!」
「源……ッ!!何故あなたがここにいるの!!」
「お嬢様のお言いつけ通り、私の好きに動かさせていただいた結果でございます!」
源三はそう言いながら鎮流に駆け寄り、その体を抱え起こした。
忠次は二人の間に割って入るように立ち塞がり、家康を見据えた。
「…家康。何やってんだ。殺すなら殺すで、手順踏まねぇと駄目だろうが」
「…邪魔をしないでくれ」
「いいやするね、お前がここで彼女をーー」

「お前に何が分かる!!」

がっ、と。
噛みつくように家康はそう叫んだ。忠次は驚いたようにたじろいだ。
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