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貴方も私も人じゃない168

「………きみに憎まれたって構わない。でもワシは、この気持ちを捨てられる気がしない」
「…!」

かぁ、と。
恥ずかしさではなく、怒りで鎮流の顔は赤く染め上がった。
「…鎮流ど、」
「触れるな」
格子の隙間から差し伸べられた手が体に触れる前に、鎮流はピシャリとそう言い放った。びくり、と家康の手が止まる。
鎮流は怒りを鎮めようとしながら唇を噛んだ。
「…触れるな、穢らわしい」
「………………」
「私は貴方を許さない。どれだけ時が流れようと、この思いは消えない。…無駄なことです」
「…………………許してもらおうとは、思ってはいないさ」
「…用がないならお帰りください。刃物がなくても、自害する方法はいくらでもありますよ」
「…!………、分かった、出直すよ」
触れるなら私は自殺する。
暗にそう言う鎮流に嘘を感じなかったのだろう、家康は残念そうにそう言って立ち上がった。自殺されるのは嫌なのだろう。
「…真田との戦に決着が着いた。これで、最後の戦は終わりだ」
「…最後かどうかは、貴方次第ですがね」
「…、そうだな」
家康は忌々しげにそう言った鎮流に小さく笑い、その場から立ち去った。


「…っ、あ、あぁっ……!!」
家康の気配が消え、鎮流は小さくそう吠えた。
怒りに熱くなった顔を冷やそうと両手で顔をおおう。
「…ふざけた男…!ふざけた男め………!なんであんなの好きに…!」
苛立ったように鎮流はがしがしと髪をかきみだした。
彼を好きになった自分すらも嫌いになりそうだ。髪がボサボサになったころに、はぁ、と小さくため息を着いた。
どすっ、と壁にもたれ掛かる。
「…気持ち悪」
鎮流は人目がないのをいいことに、腹のコルセットの紐を緩めた。それが見えないように羽織を腹にかける。
腹は少し大きくなっていた。鎮流は自分の腹を見下ろし、軽くそれを撫でる。
「…………」
まだはっきりと腹に子がいると実感できない。そこまで大きくもなっていないし、中が動くということもなかった。
「………どうするのよ、これ」
鎮流は一人、そう呟く。戦が終わり、否応なしにそれを考えなければならなくなってきた。
いつかは産まれる。問題なく進めば産まれる。
「…………」
一瞬、わざと腹をぶつけて流してしまおうかと思ったが、その考えはすぐに打ち消された。
自分はたくさんの人間を死なせてきた。自分が存在する場を得たいが為、無関係の人間を殺してきた。
それを後悔などしない。生きることは他者を踏みつけていくことだ。それが踏みつけられた者が死ぬほどのものなのか、そこまで重いものではないのか、ただそれだけの違いだ。
だから殺したことを後悔しない。彼らの死は必要経費だった。それを責めるならば責めればいいし、断罪するならすればいい。
だがこの子供はどうだ?
この子供を殺すことは、必要経費なのか?
これを殺すことで何を得る?元はといえば拒みきれなかった自分の責任で出来た命だ。
それを殺すことは憚られた。というより、殺さねばならない理由が思い至らなかった。
「……………」
犯罪者の子供だとか、そんなことはどうでもいい。犯罪など結局はその社会を安定し存続させるために設定された、倫理観のボーダーラインに他ならない。人殺しを一方的に悪としない戦国の社会もあれば、同性で愛し合うことを万死に値させる社会もある。
社会が変われば変わるようなボーダーライン。その社会のなかで平穏に生きていくためには守る必要があるのだろうが、いちいちそんな程度のものを気にするほど、鎮流は普通の考えを持ち得ていなかった。
「……ま、ちゃんと父親には告げなきゃダメね。私だけのものではないし…判断は一応意見を聞かないと」
鎮流はそんな風に呟きながら、ぽん、ぽん、と一定間隔で腹を叩いた。
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