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葱と牛蒡とツインテール47

「…人を殺しているんです。三成みたいな人間が生まれるのは仕方のないことです。それでも戦うことを選んだのなら、その事を後悔するのは筋違いでしょう」
「…ふふ、手厳しいことを言うじゃねぇか」
「……友達の受け売りですけどね」
「後悔なんかしちゃいねぇさ。まぁ、お前からそうした言葉が出るのは意外だったけどな」
「そうですか?」
「お前は、石田に同情しているだろう」
小十郎の言葉に、しきはぴく、と肩を跳ねさせた。困ったような笑みを浮かべ、僅かに首を傾ける。
「…、…まぁ、していないといえば、嘘になりますね」
「だから、な」
「…それでも私は、小十郎さま方の人間ですから」
「!」
小十郎はしきの言葉に驚いたようにしきを見、僅かに顔を赤くして顔をそらした。
「…お前さらっとそういうこと言うんじゃねぇよ……」
「?」
「なんでもねぇっ。とにかく、俺は戦の用意をしなけりゃならねぇ。……徳川家康も妙な動きをしていると聞く。この戦…でかい戦になるだろうしな」
「…はい」
小十郎はそう言うと、政宗の後を追って姿を消した。残されたしきは城下町へと視線を向け、きゅ、と拳を握った。

 その夜。しきは小十郎の隣で仕事を手伝っていた。慣れない筆を駆使し、出納を記録していく。小十郎は自分の仕事をしながら、ちら、としきを見た。
「…お前、何で勘定を学ぼうと思ったんだ」
「え?いや、昔から数学はそれなりに出来たから…仕事に結び付くことを学ぼうって思って」
「好きだから、ではねぇのか」
「好きではないですねー嫌いでもないですけど。好きなことやって生きていこうって思えるほど、夢を見れる質じゃなくて」
しきは、あはは、と苦笑する。小十郎は、そうか、と呟くと視線を自分の手元に落とした。
しきは筆を進めながら、ちら、と小十郎を見る。
「…それを言うなら、小十郎さまはどうですか?」
「俺か?俺は今は、自分の意思で政宗様に仕えている。そんなん見りゃわかるだろ」
「…昔はそうでもなかった?」
「さぁな。……っし、今日はこの辺までにしておくか」
「はーい」
しきは小十郎の言葉に区切りのいいところまで書き進めてから筆をおき、うーん、と背筋を伸ばした。
「いやー今日も働きましたー」
「そういえば生嶋から聞いたぞ、今日廊下掃除で盛大に転けたって」
「ぃぎゃあっ!!見られてたなんて!!」
「ふ、なんだその反応は」
小十郎はくすくすと笑いながら手早く道具を片し、腰をあげた。隣の部屋にすでに敷いてあった布団に、ぼふっ、と倒れ込む。疲れているようだ。
しきは掛け布の上から寝ようとしている小十郎を揺する。
「そんな格好で寝ると風邪引きますよー」
「めんどくせぇ……」
「子供じゃないんですから…」
しきはやれやれ、といったようにため息をつき、困ったように首を傾げた。
起きあがる気配のない小十郎にしきはふ、と隣の自分の布団を見た。そして、ふむ、と呟く。
「…じゃあこうしちゃいますよ、小十郎さま!」
「!」
小十郎は驚いたように伏せていた目を開いた。目の前には、してやったりと笑うしきの顔がある。
しきは自分の布団から掛け布を持ってきて、小十郎の隣に自分も寝ることで掛け布を共有しようとしていた。
しきと行動に小十郎は何度か瞬いたが、くす、と笑うとその目を閉じた。
「好きにしろ…」
「えっ、反応うすっ!」
「さっさと寝るぞ」
「う…はーい」
しきはぷぅ、と膨れながらも小十郎に僅かに体を寄せ、目を閉じた。

葱と牛蒡とツインテール46

「小十郎」
「小十郎さま」
「何をしておいでです、まだ動くのは、」
小十郎の言葉を政宗は手で制した。
「悪いなちょっと待て。答えろ。違いねぇんだろ」
「…どうでしょう」
「?」
話を聞いていなくて分からない小十郎は不可解そうに二人を見やる。しきは体の前で手を組んだ。
「…もしどうしてもきっかけが自分にあるというならば、それは寧ろ、政宗様が豊臣秀吉を殺したこと、そちらだと思います」
「…んだと?」
「…、今回の事は…政宗様の言葉というよりかは、三成の不幸に乗じて起こされたということです」
「………石田の不幸が、どうしてこうなる」
しきは言葉を探し、視線を下へ向けた。慎重に、言葉を選ぶ。
「…三成は、主を奪った政宗様を、そして主を忘却していくこの世を憎んでいます。…三成がこの世の全てを憎んでいるように……この世界そのものを憎んでいる人間は少なくないってことです」
「Shit…回りくどい言い方しやがって」
「口裂けるの痛いんで勘弁してください」
「…政宗様」
二人の言葉に内容を大体察したらしい小十郎は政宗の方を見た。政宗は地面に突き刺していた鞘を引き抜き、刀を納める。
「石田を倒しに行く」
「!」
「…」
「…オレはあの時、奴を口先で煙に巻いた。この独眼竜が、敵の前から尻尾を巻いて逃げたんだ…!」
小十郎は政宗の言葉に目を細める。しきはなにも言わずに、二人のやり取りを見守る。
「…世の中は広いということです」
「アァ?」
「復讐に駆られた刺客と、無駄に斬り合うことなく退かれたご判断とご対処、奥州を背負う者としての本分に、至極適っておりまする」
「…」
「お陰様でこの地は蹂躙を免れ、兵も民も、変わらぬ日々を営んでおりまする」
小十郎は一旦言葉を区切って、視線を城下町に向けた。
「武勇をきわめし者のみが天下人たりえるなどと、ゆめゆめ思われまするな。石田の後の所業にあなた様が責めを覚える謂れは、微塵もござりませぬ」
「…だがなんであろうと、野郎をけしかけたのはこのオレだ。そのカタはつけなきゃならねぇ」
政宗は、だが、小十郎の言葉にそう答え、城に向かって歩きだした。
小十郎とすれ違った時、小十郎は政宗を振り返らないまま、口を開いた。
「…ならば、ひとつだけ」
「…」
「…次は初めから、お一人では往かせませぬ」
政宗はしばし立ち止まったあと、振り返ることなくそのまま歩いていった。小十郎は政宗を振り返り、その背中を見送った。
背中が見えなくなった頃、小十郎はしきを見た。
「…しき」
「はい」
「……石田の所業…そんな大層なことなのか」
「…三成の、意思ではないですがね」
「何…?」
しきは政宗が去った方向へ目をやり、細める。きゅ、と組んだ手に力を込めた。
「…三成にとっての太陽は、太陽ではなかったんです」
「…」
「太陽を亡くした三成には…政宗様以外のものは、全て夜闇の中なんですよ。……己も」
「…掬い上げてやる奴はいなかったのか」
「太陽の代わりになり得るものは、彼の世界には、ない。…太陽ほどの暖かさ、大きさ、輝きを与えられる存在は、ない…少なくとも、今は」
「……哀れな奴だ。いや…そうしたのは俺達、か」
小十郎の言葉にしきは小十郎に視線を向ける。小十郎はしきの視線に、しきを見る。
しきはふるふる、と首をふった。
「それこそ、責めを覚える事じゃないですよ。……三成のような人間はもっと一杯いるんです。三成のように行動に起こせる力を持つ人が、少ないだけで」
しきと言葉に、小十郎は目を細めた。

葱と牛蒡とツインテール45

「…!」
肩口に感じた冷たさに、しきははっ、となる。だがしきはなにも言わず、ただ体に回した腕に力を込めた。
小十郎はなにも言わない。しきもなにも言わない。外で、梟の鳴く声がする。
「…小十郎さま」
「…………」
「小十郎さまのせいではないです。…それに三成は、強い」
「…分かってる」
「……小十郎さま」
「うるせぇ黙ってろ…」
「………、はい」
しきはふ、と薄く笑うと、小十郎を強く抱きして背中をとんとんと叩いた。小さな子どもをあやすように、とんとんと、背中を叩いた。

 「…悪い」
「大丈夫…ですか?」
「あぁ」
少しして小十郎はしきから離れた。ぐい、と目元を拳で拭った仕草は、見なかったことにした。
「…ご飯冷めちゃいましたね」
「気にしねぇよ、さっさと食う」
「…小十郎さま、徹夜とかしないでくださいね」
「………それが、お前らに心配かけさせる事になんならやらねぇよ」
「…すいません」
「謝るようなことじゃねぇだろ」
小十郎はあっという間に食事を平らげると、ぱん、と小さく音をたてて手をあわせた。
「…馳走になった」
「はい。…、小十郎さま、何か…やっておくこととかありますか、その…まだ私素人ですけど、債務の事とか」
「…、ねぇよ。悪いな」
「っ、いや……」
「…ありがとな」
小十郎は、わしゃ、としきの頭をなで、部屋を出ていった。残されたしきは少しの間ぽかんとした後、頭に手を当て、顔を真っ赤にさせたのだった。



 それから数日がたって、政宗は意識を取り戻した。だがそれと同時に、日ノ本を震撼させる、「凶王三成」の噂が奥州にも届くようになった。
各地の村村を襲い、見せしめのように自軍の旗を残しているのだという。女子供にも容赦しないやり口に、凶王、と呼ばれるようになったのだ。
ある日、しきが庭掃除をしていると、風を切る音が聞こえた。なんの音だろう、とそちらへ行くと、政宗が刀を振っていた。
「政宗様!まだ刀を振るには、」
「Ah?なんだてめぇか」
政宗は刀を振る手を止め、しきを振り返った。そして、Hum、と何かを思い出したように顎に手を当てて首をかしげた。
「…あの日、小十郎をけしかけたのはお前だよな?」
「け、けしかけるつもりは…!」
「お前、この先の事知ってんだろ。…石田がこうした動きを起こすことも、知ってたのか」
「!」
不機嫌な空気をまとう政宗に、しきはむ、となる。
小十郎に忠告し、向かわせたくらいなら、何故この事も言わなかったのか。
なんとなく、そう言いたいのだろうとしきは察した。
「…、……知ってましたよ。でも、政宗様が三成に喧嘩を売らなくても、こうなっていたとは思います」
「あン?」
「先の事話そうとすると口切れるんで言えないですけど…三成、いや、豊臣の生き残りは一人じゃないってことです。そして…普通の人も、いない」
「……。…だが、俺がきっかけであることには違いねぇだろ」
「………」
「政宗様!」
政宗の言葉にうまい返事が思い付かず、しきが黙ってしまったところへ、小十郎が姿を見せた。

葱と牛蒡とツインテール44

すす、と、小十郎の後ろの襖が静かに開いた。
「………こ、小十郎さま…」
「…しきてめぇ」
「ひぃっ!す、すいません!!」
襖から顔を覗かせていたしきは、ひゃっ、とすぐに隠れる。小十郎ははぁ、と小さくため息をつくと部屋に入った。
しきは僅かに驚いたように小十郎を見上げる。すんなり部屋に入るとは思わなかったようだ。
「………昼間は悪かったな」
「!!!い、いや、あの、えっと…その…失礼いたしました…!」
「まァ政宗様を呼び捨てたのはあれだが…別にいい」
「…え。えーと………その…」
気まずげなしきに、小十郎はふっ、と自嘲気味な笑みを浮かべる。
そしてその顔のまま、しきを振り返った。
「なら聞かせろ。俺はそんなに、自分をおそろかにしているように見えるか?」
「えっ?」
「生嶋が言ってたの、聞こえてただろ」
「……政宗様が絡むと……はい…」
「…そう、か………」
小十郎は、はぁ、とまたため息をついた。しきは困ったようにわたわたと視線をさ迷わせる。
小十郎はそんなしきに、ふ、と笑うと、膳の前に座った。
「…こっちに来い、しき」
「え…あ、はいっ、失礼します…」
しきは小十郎に呼ばれ、小十郎の隣に座った。小十郎はく、と軽く頭を下げると茶碗を手にとって食べ始めた。
しきは僅かに目を伏せる。
「…小十郎様は……そういう意図は、きっとないんでしょうけど…そう見えるときは、時々……」
「…………」
「そう見えない時もあります、けど……う、うーん、うまく言えないんですけど……」
「…そうか」
「……何でもかんでも、小十郎様になにか問題があるなんて事はないし、何かできたはずだなんて、思う必要はないと、そうは思います」
「………何故だ?」
小十郎の問いに、しきはぴく、と肩を跳ねさせたあと、言葉を選ぶように、慎重に口を開いた。
「…今日の戦いだって、言ってしまえば政宗様自身に原因があります。全て察して正しい道に進める、誘える、そんな人間は、いませんよ」
「…」
しきの言葉に、小十郎は目を細め、食事の手を止める。しきは真っ直ぐ小十郎に視線を向けた。
「やるべきことは、できたかもしれない、できたはずだと、考えることじゃないと思うんです」
「……お前は、そう思わずにいられるのか?」
「…私は…弱虫ですから。そんな風に自分を責めることは、臆病だから出来ない……弱虫なりに、反省することしか、出来ないです」
しきの言葉に小十郎はしきを見た。しきは緊張しながらも、視線をそらさなかった。今ここで視線をそらしたら、逃げ口上だと思われると、思った。
小十郎は小さく笑った。そして、箸を膳に戻すと、不意にしきの腕をつかんで抱き寄せた。
「ッ、」
突然のことに抵抗する間もなく、しきは小十郎の腕の中に収まった。ぽっ、と顔が赤くなる。
小十郎は額をしきの肩に当てた。苛立っているかのように、ぐりぐりと首を横に揺らす。
「…小十郎さま」
「少しこのままでいさせろ…」
「……はい」
しきは少し迷った後、小十郎の背中に手を回した。ぽふぽふ、と柔らかく背中を叩く。
くく、と小十郎が小さく笑った。
「俺はガキか?」
「!!い、いや、そんなつもりは……」
「…ふ、そんな風にされんのはいつ以来だろうな」
くっくと笑う小十郎に少しばかりの不安を覚えたしきは、なにも言わず、ぽんぽんと背中を叩いた。

葱と牛蒡とツインテール43


「……出ていけ」

小十郎は尚、だが小さな声で、そう告げた。しきは僅かに目を伏せると、それ以上言い募ることはなく、頭を下げて部屋を出ていった。
「…その程度の存在、か」
しきが出ていき、静かになった部屋で、小十郎はぽつりと呟く。布を額に当てる。
「……俺は………」
小十郎は、ぐ、と拳を握りしめ、目を伏せた。

 「………はぁ…ああああああもおおおおおおあああ」
「?!」
女中達の部屋に戻ってくるなりそう長いため息のような声を漏らしたしきに、女中達はぎょっとしたようにしきを見た。
しきはへた、と机に倒れ込むように座る。
「あぁもうやっちゃった素が出ちゃった死ぬ……」
「し、しき様っ?!」
「どうしたのです」
指南役の女中に声をかけられ、しきは半分涙目で彼女を見上げる。
「小十郎様に素が出ちゃったんです…」
「…よく分かりませんが、口調が悪くなったり身勝手なことを言った、ということですか」
「だって小十郎様自分のことは無関心なんですもん……」
「…。なるほど。御身を顧みない所がございますからね、片倉様は」
「!」
思わぬ賛同を得られ、しきは驚いたように彼女を見上げる。老婆はやれやれ、とため息をついた。
「皆が思っていることです、気にしなくてよいですよ」
「ええっ」
「そして、その様子だと片倉様は食事をなさらないでしょうから、作って持っていって差し上げてください」
「えええ!!!」
仲直りするにしてはハードル高い!と思いながらもお婆ちゃん先生のような彼女に逆らうこともできるはずなく、しきはがくぶるとしながらも食事を用意しに共に炊事場に向かった。


 「…片倉様、メシ……」
「…後でとる、先に食っとけ」
「…は、はい……」
それから数刻が経って、夕飯時になった。小十郎は部下の言葉を断り、相変わらず政宗のそばに控えていたが、すっ、と静かに、だがすばやく襖が開けられた。
小十郎は僅かに眉間を寄せてそちらを見た。
「…人払いしたはずだが、生嶋」
生嶋と呼ばれたのは、しきを指南していた老婆だった。生嶋は小十郎の視線を気にすることなく頭を下げた。
「お隣の部屋にお食事をご用意いたしました」
「あ?」
「この際言わせていただきますが、今日しきに言われたこと、ゆめゆめお忘れになられませぬよう」
「な…」
思わぬ言葉に小十郎は僅かに目を見開く。ふん、と生嶋は鼻を鳴らした。
「皆が思っていることでございますれば」
「はっ?!」
「片倉様が食事をとられている間は、僭越ながらこの生嶋と良直殿が政宗様のお側にお付きいたします故、さぁさ早に」
「おい待て、」
「早に」
「おいっ」
生嶋はすくっ、と立ち上がると小十郎が止める間もなく部屋に入り、少しばかり混乱している小十郎を器用に追い出し、ぴしゃりと襖を閉めた。
締め出された小十郎はしばらくポカンとしていた後、はぁ、とため息をついた。
「……皆が思っている、だと?……はぁ」
小十郎は半ば呆れ、半ば驚いていた。
「…俺は、そんな風に見えていた、か……」
小十郎はぐ、と拳を握りしめ、目を伏せた。
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