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葱と牛蒡とツインテール30

海へと落ちていく半兵衛は、とても穏やかな表情だった。しきはそれを見て、ぺたん、と崖ふちに座り込んだ。
「……しき?」
ばしゃあ、と水しぶきがあがる。そうして乱れた海の波はすぐに、穏やかなそれへと戻り、半兵衛が浮き上がってくることはなかった。
小十郎は使用していた刀ー折れた、政宗の六爪ーを懐にしまうと、しきに歩み寄った。
「……どうした。見てたのか?」
「…見てはいないです」
ぼそり、と答えるしきに、小十郎はふぅ、とため息をつく。

「………じゃあ、なんでそんなに泣いてんだ」
しきは、ぐい、と目元を腕でぬぐった。ぼたぼたと、涙は溢れて止まらなかった。
小十郎は目を細め、しばらく黙ってしきを見ていた。
「…………竹中を殺った、俺が怖ぇか」
「違います…怖いんじゃないです………」
「…じゃあ、その涙の理由はなんだ」
「……なんだか……かなしくて………」
小十郎はしきの言葉に驚いたようにしきを見、自嘲気味な笑みを浮かべた。
「……悲しい、か」
「…すいません。すいません………ッ」
肩を震わせ泣くしきに小十郎は目を伏せると、しきの後ろに屈み、抱き締めた。ぴく、としきの肩が跳ねる。
「…泣くなとは言わねぇが………その、なんだ。一人で……泣くんじゃねぇよ」
「……!…ひっ……う……うわぁぁぁ……!」
しきは小十郎の言葉にわずかに目を見開くと、くしゃ、と顔を歪め、振り返り小十郎に抱きついて、泣いた。
ただ、泣いた。悲しいのか、苦しいのか、辛いのか。きっと何れでもないのだろう。
なにもできない、なにもできなかった自分が、しきは、どことなく、悔しかった。
変えられるはずがない。変わるはずがない。
そうは分かっていても、心のどこかで、何か変えられたのではないか。そう、考えてしまうのだった。



 「…大丈夫か」
「…大丈夫です、すいません」
「謝らなくていい。そろそろ行くぞ」
小十郎はそう言うと、しきの手を取って立ち上がった。
しきはちらり、と水面を見下ろす。小十郎はその視線に気がつき、同じように海を見た。
「…竹中の奴…何であんな、穏やかな顔で死んだんだ」
「……半兵衛はきっと、新しい軍師なんか欲しくなかったんです」
「…何?」
小十郎はしきと言葉に眉間を寄せた。しきは海の先、水平線を見つめる。
「それでも、半兵衛は自分の命が長くは持たないことが分かっていた。自分が死んだ後、豊臣を支える軍師が、必要だった……だから、小十郎様を、さらうような事までして、連れてきた」
「…………」
「きっと嫌だったんです、自分以外が豊臣の軍師に、秀吉の右腕になることが。それでも、必要なのだから、仕方がなかった。頭と腕の強さから、小十郎様ならまだいいと思ってた。でも、小十郎様が豊臣にくることは、決してない。………だから、ほっとしたんじゃないかって」
「ほっとした…?」
小十郎は訝しげにそう呟いた。しきはなお、水平線を見つめている。
「自分以外に、豊臣の軍師たり得る人間は、いないんだ、って…」
「……なるほど、な」
小十郎はふ、と小さく笑んだ。それは同情か、哀れみか、それとも理解の笑みか。
小十郎はしきの隣にたった。
「……確かに、哀しいかもな。…それが……戦ってもんだ」
「………、はい」
「…行くぞ」
「はい」
踵を返した小十郎に続き、しきも海に背を向けた。波は静かに、音をたてていた。
「………」
しきは、きゅ、と拳を作った。


しきと小十郎が小田原へ向かっている途中に、豊臣秀吉も、倒れた。
彼は、半兵衛が死した時、西の空を、見つめていたと言うーーーーー


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