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見えないはずの右目が45

「…片倉、馳せ参じてございます」
小十郎はややピリピリした気持ちで義姫の部屋に入った。
「片倉…」
殺気立った視線を感じたので、小十郎も殺気立った視線を送り返してやる。
義姫は先日よりは落ち着いているように見えた。だが目の下には酷い隈が出来ている。
「牢を出された事がご不満でございますか」
挑発するようにそう言うと、義姫は不敵に微笑んだ。さすがの小十郎も、ぞっとする。
「…我を馬鹿にするとどうなるか」
そう言い立ち上がった義姫は小十郎に近寄ったと思うといきなり押し倒した。
「奥方様っ!」
「教えてやろう…」
そのまま小十郎に馬乗りになると小十郎の脇差しを抜く。
「!」
小十郎に抵抗する間も与えずに義姫は脇差しを振りかざすと

「ぐぁっ…!」

鮮血が飛び散る。小十郎の左頬から血が溢れ出ていた。

本能的に小十郎は強く傷口を押さえる。脇差しで斬られたのだ。再び振りかざす義姫の手を小十郎は掴み止める。
「奥方様…貴女という人は…」
「いくらお前が梵天丸にまとわりつこうと後を継ぐのは我が可愛い笠丸のみ…梵天丸などには継がせぬ…!」
「……貴女が何を仰ろうとも恨もうとも決めるのは御館様でござりましょう。私に当たられるのは困ります」
興奮している義姫に、小十郎は非情な言葉を吐き捨てる。義姫は尚も笑っている。


「確実な方法が一つ、あるだろう?」


「…!貴様まさか「戻ってよい」
義姫は何事もなかったかのようにそう言い小十郎から離れた。
小十郎は唇を強く噛みしめながら、ふらふらと立ち上がると部屋から出ていった。

見えないはずの右目が44

冷やかす雪之条を叩いていると、不意に人の気配がした。
「片倉小十郎殿。奥方様がお呼びでございます」
「「!!!!」」
「…………」
「至急に参れとの事でございます」
梵天丸の顔が心なしか青ざめた。小十郎はちっ、と舌打ちをする。
「…雪之条。梵天丸様を頼むぞ」
「……了解っす」
「…まだ小十郎を…?」
梵天丸はぎゅ、と小十郎の着物を掴んだ。小十郎は梵天丸に微笑んでやる。
「分かりかねますが安心してくだされ。小十郎は必ず戻ります故」
小十郎はにっこり笑うと迎えに来た小姓について、義姫の部屋へ向かった。

「…それにしても奥方様が…」
「…」
雪之条は少し困ったような表情を浮かべた後、さっき作っていた人形を取り出した。
「?それは…?」
「稽古中に疲労で居眠りしちゃった小十郎様っす!また作ってみたんすけど、まだ途中なんすよ。一緒に作らないっすか?」
梵天丸には雪之条が梵天丸の気を紛らわそうとしているのがよく分かってしまった。
「…やっぱり小十郎の部下なんだなぁ…」
「?なんすか?」
「ううん、なんでもない。やる」
梵天丸は弱々しく笑いながらも頷いた。

見えないはずの右目が43

「小十郎様の作る野菜は小十郎様みたいに皆でかくていい野菜なんすよ。まぁ…葱は固いっすけどね」
「!葱…小十郎の好物はそんなに固いのか?」
「叩けば木刀程の威力があるっすよ」
「狽ヲええっ」
小十郎そっちのけでわいわいと盛り上がる二人に、小十郎は小さく微笑んだ。小十郎にだけ懐いていた梵天丸が雪之条に懐くのはどことなく微妙な気分だったが、梵天丸が心を開いてくれるようになったのは嬉しかった。

やはり、問題はあの右目だったか。
とはいえ、恐らく奥方様は梵天丸様を認めないだろう…下手をすれば弟君を無理に跡継ぎに押してくるのでは…?

「……ーい。おーい、小十郎様ぁー?」
雪之条に呼ばれた事に気付き顔を上げると心配そうな顔をした梵天丸がいた。
「…どこか体調が悪いの……?」
「い、いえ!ただ考え事をしておりまして…」
「……本当に?」
「小十郎は嘘は申しませぬよ」
不安げな梵天丸の頭を優しく撫でてやる。梵天丸は何か言いたげだったが、何か言うことはなかった。
「いやー…本当に仲がいいんすね、お二人は」
「うん!梵天は小十郎が大好きだ!」
「!おっと、」
また飛び付いてきた梵天丸を慌てて受けとめてやる。今日の梵天丸はやたらとくっつきたがる。
「(…、一番辛かっただろうときに、傍にいれなんだからな…)小十郎も大好きでございますよ」
「えへへ」
梵天丸は嬉しそうに擦り寄る。
「よかったっすねー小十郎様、子供にようやく好かれて」
「余計な世話だ、雪之条!」

見えないはずの右目が42

「……あの、小十郎様…?」
「!そういえばお前は…?」
「!!も、申し遅れました、栗下雪之条っす…じゃない!」
癖で"っす"と言ってしまったのを後悔しているらしい。ポコポコと自分の頭を叩く雪之条に梵天丸はその目をぱちくりさせている。
「梵天丸様、こいつはその人形を作ったものでございます」
「!小十郎人形を?」
ぱあっ、と梵天丸の顔が明るくなる。小十郎は未だに頭を叩いている雪之条を止める。
「梵天丸様御前でいつまでそんなことやってるつもりだ?」
「!!!!す、すんません」
「なぁなぁ、小十郎は普段どんな男なんだ?」
嬉々とた様子で尋ねる梵天丸に小十郎は困ったように天を仰いだ。
「小十郎様っすか?怖くて優しい御方っす」
「怖いのに優しい…?」
「おい、雪…「稽古の時はそれはもう鬼も逃げ出しそうな勢いっすから。でも畑「それは言うな!」
梵天丸に隠していた事を暴露されそうになり、小十郎は慌てて雪之条を止める。梵天丸はきょとんとした目で小十郎を見上げた。

…隠し切れそうにねぇな…

小十郎は胸の内で小さくため息をついた。
「はたけ…?」
「……………」
「…畑?小十郎畑で何を?」
「う…それは、…畑仕事を…」
結局梵天丸の眼差しに小十郎は負けた。
「野菜を育ててるんすよ、小十郎様」
「野菜を?」
「小十郎様の趣味っす」
「小十郎が…野菜…」
梵天丸はぷっ、と小さく吹き出した。小十郎はその顔を珍しく真っ赤にさせていた。

見えないはずの右目が41

二人は黙々と作業を続けた。雪之条は小十郎に渡したもの以外にも作っているらしく、せっせと裁縫を続けている。小十郎もバランスよく布きれを入れていく。人形の小十郎も寝ているくせに難しい顔をしている。
「これはいつ見た…?」
「あー、神無月辺りの稽古中に」
「………なんで起こさなかったてめえ…」
「拍ャ十郎様こええっす!;;」
小十郎ははぁ、と長いため息をつく。その時突然外が騒がしくなった。次いでバタバタと階段を駈け降りてくる音がする。振り返った雪之条の目が見開かれた
「おい、ゆ…」
ばんっ、と地下牢の格子を掴んだのは。


「こじゅうろぉぉっ!」


痛々しい包帯を右目にくるくると巻いている。残った左目からぽろぽろと涙が零れていた。
「ぼっ…「小十郎っ!なんでそんな所に…っ!」
格子の隙間から必死に手を伸ばす梵天丸の手を慌てて掴んでやる。梵天丸は安心したように小十郎の手を握り締めた。
「ぼぼぼ、梵天丸様!?起き上がって平気なんすか!」
雪之条が慌てて話し掛けるが梵天丸は小十郎から離れようとしない。
「梵天丸様!」
家臣の何人かが慌ててやってきた。梵天丸はそんな彼らをきっ、と睨みあげた。
「なんで小十郎が牢の中にいる?」
「当たり前でござろう!?貴方の目を突き潰したのでござろう?!」
「違う!梵天が頼んだんだ!」
激昂する梵天丸に、家臣達はたじたじとしている。梵天丸は尚もぎゅうぅ、と小十郎の手を握り締め胸元で抱え込む。そしてその胸元には小十郎人形もあった。
「小十郎を出せ!」
「御館様がいらっしゃらぬときに勝手には…!」
「だったら梵天も帰らない!」
「梵天丸様、無理をお言いになられるな」
小十郎は慌てて梵天丸を嗜める。梵天丸は驚いたように小十郎を見上げた。
「小十郎は大丈夫でござるが、梵天丸様の今の体調を考えれば、ここはあまりにも環境がわるうござすぎます。梵天丸様が倒れられてしまったら…っ」
「小十郎…」
「……嫌だ」

「小十郎は梵天の守役だっ!ずっと傍にいろ!離れるもんか!」

ぎゅうぎゅうと小十郎の手を締め付けるか如くに握り締める梵天丸に、仕方なく小十郎は説得するのを諦めた。
「……と、申されておりますが…」
「…」
「……致し方有るまい。雪之条!貴様この二人と共におれ」
「はっ、はいっ!?」
雪之条はとばっちりを食らう形になりはしたが、小十郎は地下牢を出る事を許された。


「こじゅーろー♪」
三人で過ごすために少し広い間に通された途端、梵天丸は嬉々として小十郎に飛び付いた。想像と違ったのか、雪之条は驚いた顔をしている。小十郎は軽く苦笑しながらも梵天丸を抱き締め返してやる。
「右目は、大丈夫なのでございますか…?」
「うん!ありがとう小十郎!」
貧血でやや表情を青くしながらも梵天丸は笑顔を浮かべている。
その笑顔に、自然に小十郎の顔にも笑みが浮かんだ。
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