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見えないはずの右目が30

小十郎と食事を共にするようになってから二日。年の瀬の為、城内が大掃除に追われている中、梵天丸も何もない自室の掃除をしていた。掃除をするのは本来小姓の役目だが小姓はいないため、守役の小十郎に手伝ってもらいながらやっていた。
「…片倉、お前は掃除をしないのか?」
「……は?」
小十郎の雑巾を持った手がとまる。水が冷たいからと拭き掃除は小十郎がやっていた。というよりも、やらせてくれなかった。
「自分で片さなきゃならないものとか、ないのか?」
「…ある事にはありまするが…」
「じゃあ、そっちをやってこい。梵天は大丈夫だ」
昔は自分の事を梵天と言っていた。嫌われてから自然にその言い方をしなくなっていたが、小十郎には昔のやり方を自然にするようになっていた。
「…しかし…」
「お前が自由な時間は梵天が寝た後なんだろう?寝不足は良くないとお前が言ったじゃないか」
「…は、分かりました。では恐れながらも、戻らせていただきまする」



そして、その一刻後
事件は起きた。

「…陰気な所じゃのう」

突然聞こえた女性の声に、梵天丸は手にしていた桶を落とした。冷たい水が足に掛かるが、梵天丸はそんな事に気が回るほどの余裕がなかった。

「…は、はうえ…」

母、義姫が廊下に立っていたのだ。
「黙れ。我は貴様の母ではない」
ピシャリと跳ね返された言葉に息が止まる。
そんな梵天丸にお構いなしに、義姫は懐から何かを出した。

日の光に反射し、光る。懐刀だ。

「覚悟せよ物怪め。この場で成敗してくれる!」
血走った目をした義姫が梵天丸に向かって懐刀を振り上げる。反射した光に眩しさを感じ、我を取り戻した梵天丸は慌てて逃げる。
「はっ、母上…っ!」
「母ではない!我の梵天丸を返せ!」
いつぞやの夢の言葉と被り、梵天丸は足から力が抜けて座り込んでしまう。その前に、笑みを浮かべた義姫が立った。
とても歪んだ、笑みを。
「やだやだやだっ止めて!」
叫び目をつぶった途端、慌ただしい足音がした。
そして、義姫のうめきが聞こえる。

恐る恐る目を開けると。

「何をしておいでか、奥方様!」

からんっ、と音をたて、懐刀が落ちる。義姫が忌々しげに振り返る。
小十郎が、義姫を後ろから羽交い締めにしていた。
「かっ、かた…っ!」
恐怖の為に上手く言葉を話せない。
「離せ片倉!」
「離しませぬ!己が子に向かって何をしておいでか!」
もみ合う二人を呆然と見上げていた梵天丸だが、母の言葉に心臓を鷲掴みにされたかと思った。

「こんな者、我の子ではない!」

また涙が出る、と思った瞬間。小十郎の表情が驚愕で固まったと思った途端にそれは怒りに変わり、荒々しく義姫の体を後方の廊下に叩きつけた。小十郎の行動に梵天丸は目を限界まで見開く。

「ふざけた事を申すな!」

怒りのあまり、言葉遣いが素に戻ったらしい。その怒鳴り声に梵天丸も肩を跳ねさせる。義姫が目を見開いたのが梵天丸にも分かったが、小十郎は止まらなかった。
「自分の子ではないだと…!?二度とそんなふざけた事を申すな!再び言うようならばこの場で叩き斬ってくれる!」
「片倉…!」
一触即発。
まさにその言葉通りの小十郎をなんとか止めようと強く袴を引っ張る。
正気に戻ったらしい小十郎の手が鞘から離れ、ほっとした。だが。
「……ただではすまさぬぞ、片倉…」
凶気に満ちた瞳の母親に、梵天丸はある事が分かってしまった。
小十郎を、殺す気だと。
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