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もうお前を離さない232

その夜。
「…、宮野様」
「…!…、こんばんは。うっつー元気ですー?」
かっかかつん、とリズミカルに盆が叩かれた音に宮野はそう尋ねた。夕餉の盆を持ってきた女は薄く笑う。
「えぇ、おかげさまで。寅吉と戯れる程に」
「ははっ、それはそれは元気ですね」
宮野はくすりと笑って盆を受け取った。そしてふ、と思い出したように女を見た。
「…時に、赤紐の寅吉は元気になりました?」
「…、傷は癒え始めてはいますが、まだまともには歩けないらしくて」
「そうですか…早く治るといいですね」
「えぇ…。では私はこれにて」
「はい、ご馳走様です」
宮野は女が頭を下げて退室した頃、すす、と盆の表面に指を走らせた。
ぴろ、と表面が剥がれた。実はさきの女が、宇都宮の忍なのである。宮野は表面だけ盆の木目に加工された和紙を、辺りに人の気配がないのを確かめ、静かにひっくり返した。
『石田軍は薩摩を発ち、大阪へと戻って来ており、徳川軍も明日、本多忠勝を筆頭にした別動隊が奥州の片倉を手助けする為にここを発ちます。いつ戻るか分かりませぬ故、明後日の晩、ここからお逃がしいたします』
その和紙にはそう書かれていた。宮野はぴく、と眉を跳ねさせた。
「……早いな。こりゃ、答えを聞けるのは関ヶ原になりそうだな」
宮野は1人そう呟いて、くしゃりとその和紙を丸めると、何事も無かったかのように盆の食事に手を付けた。

 翌日。
「Good morning」
「…代わる代わるに。確かに昨日の朝脱走しかけましたけど、見張りがいるのに心配ですか?」
着流しというラフな格好で現れた伊達に、宮野は深々とため息をついた。
「あぁん?退屈してるっつーから退屈つぶしに来てやったんじゃねぇか」
「…要は貴方も暇なんですね」
「あぁ。小十郎もいないしな」
伊達は肩を竦めながら宮野の隣に腰を下ろした。持っていたキセルを口にくわえ、伊達はぼんやりと前を見ていた。
宮野はそんな伊達をしばらく見た後、同じように前を見た。
「…、今朝、家康がやけにさっぱりした顔していやがった。アンタ、何か言ったか?」
「あぁ…言ったっちゃあ言いましたね。色々言ったから要約しろと言われると困りますが」
「…、アンタは本当に分からねぇな。家康の迷いが晴れた先がアンタの望む先とは限らない」
「…まぁそうですけど。…私は、確かにこの戦を止めるために来ました、それでも私は、この戦はここの世界の人間の考えで決着するべきだと思うんですよ。だから、私は可能性に賭けます」
「可能性…?」
伊達は宮野の言葉に漸くそちらを見た。宮野は伊達の顔を見てにっ、と笑う。
「徳川家康が、自分の身の回りの人間を、三成さんの事を思う気持ちの大きさが、あの人の義務感よりも大きい可能性に、です」
「…義務感…だと?」
「あの人は自分が決めた覚悟に呑まれてる。…そこからあの人が脱出出来れば、戦運びは大きく変わる。…そういえばね、三成さんの側に、私の友達がいるんですよ」
「Friendだ?つまりはなんだ、テメェ等2人で大将を惑わそうってか?」
「まさか。芽夷を巻き込む気なんてさらさらないですよ。…ただ、あの子なら、三成さんを少しでも救える、そんな気がするんですよ。…、芽夷には悪いけれど、芽夷のお陰で私は諦めない決心が出来たんです。だから私は、今、動いてる。……、いつか皆が笑える、そんな日を目指して」
「お前……」
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