2011-3-24 17:54
しばらく二人は、そのまま海を見ていた。稲荷は規則的に尻尾を揺らし、一本の尾の毛繕いをしている。
稲荷が毛繕いを終えた頃、不意に稲荷が口を開いた。
「…I'm a soldier then I am a responder and judge. I stand on two ends fires」
口からすらすらと流れ出たのは英語。長曾我部は突然聞こえた謎の言葉に、目を真ん丸に見開いて稲荷を見た。
「あん?突然どうした、何かの呪文か?祟られるのはごめんだぜ」
「違うわ。異国の言葉ぞ。あぽろんという神が言っておった。何でも今の一節の意味を表すまた別の言語が含まれる歌があり、それが気に入っているそうだ」
「へぇ…どういう意味なんだ?」
「…“私は戦士、つまり私は被告人であり裁判官、火の両端に私は立つ”」
「…被告人…裁判官?」
「人が定めた法に従い、人を裁く人を裁判官、その法を犯し罪人となったがまだ罪状が確定しておらぬのが被告人だ」
「そんなのがいるのか?…だが、あんまり何が言いてぇのか分からねぇ。アンタの話じゃ、被告人と裁判官とやらはある意味で敵同士じゃねぇか」
「そうだな。我も知らん」
「じゃあ言うなよ」
「よく知らんが我も嫌いではない」
「あ、そ…。…そういやその意味を表すまた別の言語が、って言ったが実際はなんて言ってるんだ?」
「значитя,Иответчикисудья.Ястоюнадвухконцахогня」
「ざ…ざんち?」
「我もよく分からん。そう言っていた気がする」
「あやふやだなおい…」
「日ノ本での意味が分かれば十分だからな」
「そりゃあ、確かにな」
長曾我部はそう言った後、アンタ、よほど暇なんだな、と呟き苦笑した。
「…人とは…戦士とは、正義と悪と、両方に立つものだと、言いたいのではないかと思うたのだがな」
「あん?」
「だから、私は被告人であり裁判官、火の両端に私は立つ、のくだりだ。裁判官は正義、被告人は悪」
「…なるほどなぁ。じゃあ、火っていうのは何を指す?」
「…正義と悪を持つもの、すなわち、“現世”」
「……この世界、か…」
「…。貴様は豊臣と戦う。それは毛利を守るため。…果たしてそれは正義か?豊臣の進軍を阻む事は正義か?」
「…さぁな。…だが、一つだけ言えるとしたら、俺にとって豊臣の足下を見ないやり方は、悪だ」
「…そうか」
稲荷はそう呟いて、黙った。
結局その日に豊臣の姿が目に入ることはなかった。稲荷は見張り以外が寝静まった富嶽の顔の上に立っていた。
ぽすん、と稲荷は長曾我部が座っていた所に座った。
「珍しいな、厳島の」
そして突然声をかけられ、驚いて振り返った。
「!!貴様は比叡の…!」
「貴様、か。私をそう呼べるのは茶の一尾だった妖狐から稲荷に昇格した貴様だけだろうな。他の奴等は親狐の力がなければならなかった」
「貴様もそうだろう。我よりも上だがな」
「あぁ…。だが私と貴様は同等、私はそう思っているぞ」
「…ふんっ」
くすくす、と驚き、同等と言われた事に戸惑う稲荷をはた目に笑うのは、月のような銀色の髪と尻尾を持った男――比叡山周辺を拠点とし、稲荷の中でも群を抜く力を持った稲荷だった。
他の稲荷と違い、妖狐の中でも強力な銀狐から産まれ、また稲荷同様一尾から稲荷神に昇格したことから、畏敬の念を込めて銀稲荷と呼ばれている。
「…新しい社にしてはいささか趣味が悪いな。なんだこの顔は」
「長曾我部元親という、鬼を名乗る人間の船を借りておるからな」
「…長曾我部元親、だと?ここにいるのか」
「?知っておるのか。…そもそも、何故貴様、ここにいる」
稲荷はびゅん、と尻尾を振り、僅かに腰をあげた。