スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

日輪の神様へ8

「…あぁ、成る程。貴様は天下を目指していないからか」
「…ッ」
「全ての人間が天下なぞくだらん物を夢見なければ、もう少し人の世はまともになると思うのだが」
「…知るかよ」
ぷい、と長曾我部は顔を逸らす。だが、稲荷は顎を掴む手に力を込め僅かに爪を立てた。
「目を逸らすな。我の目を見よ」
「…、だったらもう少し離れてくれねぇか。顔が近い」
長曾我部は逸らしていた顔を稲荷に戻したが、どこか気まずげだ。それもそのはず、稲荷はいつの間にか長曾我部に乗り掛かるように長曾我部の膝の上に座っていた。長曾我部は後ろに手を着いてしまっている。
「どうした?なんだ、気まずいか?」
「あぁ、気まずいね。…アンタは元就に似てるからな」
「本来なら嬉しい所なのではないのか?」
「…、アンタは元就じゃない」
「成る程」
すぅ、と稲荷の細い指が長曾我部の唇をなぞった。
――刹那、その腕を長曾我部が掴んだ。みしり、と音がする。ぎっ、と長曾我部は強く稲荷を睨んだ。
「お稲荷さん。…俺ァアンタの玩具になった覚えはねぇぜ」
「…ふふ。ふふ、ふははっ!…成る程な、人間にしては大した愛だ。愛染明王に教えてやるとしよう」
稲荷は楽しそうに笑うと長曾我部の手を振りほどき、その上から降りた。
「愛染明王…?」
「愛を司る神だ。この前出張してきておってな」
「そんなのもいんのかよ」
「荼枳尼天というのもおるがな。こちらに来る前は鬼だったらしいが」
「だきにてん…?」
「まぁよいわ。人間が思ったよりも難しい存在なのだということは分かった」
稲荷はくすくすと笑い尻尾を抱いた。長曾我部は不愉快そうに稲荷を睨んだが、小さくため息をつくと姿勢を戻した。
「…アニキー。持ってきやしたけど…」
「んん?あぁ、すまねぇ。わざわざありがとうな」
「いえいえ!それじゃっ!」
見た目と違い、長曾我部軍の者は気が利くらしい、ツマミの皿にはちょこんと油揚げが乗っていた。
稲荷は油揚げを口に放り込んだ。
「生きにくいな。貴様等人間は」
「…そうかもなぁ。…だけど、だから上を目指すんじゃねぇか?生きにくいからこそ、他人に束縛されずに生きたい。自分のやりたい生き方で生きたい、そう思うんじゃねぇか?」
「我に分かるか」
「アンタは頂点に立ちたいとか思わねぇのか?」
「神は誰もそんな事は考えぬ。どうでもよいからな。我が守るは厳島。それだけよ」

「つまらなくねぇのか?」

「?!」
長曾我部の言葉に稲荷は驚いて長曾我部を見た。
「そんな決まった道でしか生きねぇの。別の道を進みたいとか、思わねぇのか?」
「……、考えたこともない」
「…ふぅん。…俺からしてみゃ、誰かと競争しようとも思わない神様はつまらねぇけどなぁ」
「…、そういうものなのか」
「俺ぁな」
稲荷はまたぱくり、と油揚げを口に放り込んだ。


 「…まだ姿は見えねぇ、か」
その夜。長曾我部は甲板に出て中国の方向を見ていた。いくら豊臣といえど、夜灯り無しで進軍するとは思えない。長曾我部は真っ暗な瀬戸海を見ながら、小さくため息をついた。
「鬼」
「…お、アンタか。てっきり寝たもんだと」
呼ばれて振り返ると、稲荷が後ろに立っていた。長曾我部は苦笑し、視線を海に戻した。
「貴様、昨夜も寝ていないだろう。寝ずに平気なのか」
「寝た、っちゃあ寝たぜ?」
「気を張りすぎると本番で体が役に立たぬぞ」
「…分かってるよ」
「なら何故寝ない」
「うるせぇな、見張りの野郎との交代までは寝ねぇだけだ」
<<prev next>>
カレンダー
<< 2011年03月 >>
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31