スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

日輪の神様へ12

ひゅうっっ、と空気が鳴った。

稲荷が腰をあげたと同時に、稲荷の首に細く長い日本刀の切っ先が突き付けられた。切っ先と首の間には、和紙一枚ほどの幅しかない。稲荷は思わず息を呑んだ。妖力が込められたそれは、月光を受けて紫苑色の光を放っている。体からも僅かにゆらりと立つ妖気。月光を身に浴びる銀稲荷は酷く艶めいていて、しかし美しかった。
「!すまん」
無意識だったのか、銀稲荷は慌てて刀を下ろした。稲荷の頬に冷や汗が伝う。
「…攻撃的だな、肝が冷えたぞ。貴様の妖気は鋭いからな…」
「す…すまん…」
「…だがその戦装束に刀…なんぞ、仕事か」
「あぁ…人の中に紛れ込むのには気を張るからな…。体が休まらん」
銀稲荷ははぁ、とため息をついた。人に化けるためには九本の尾と耳を隠さねばならない。そのためには妖力を使うらしい、確かに銀稲荷の顔には疲れが見えた。銀稲荷はひゅんと刀を振り、流れる動きで鞘に収めた。そして、富嶽の顔の上にある大筒にもたれるように座り込んだ。
稲荷は銀稲荷の隣に座り、銀稲荷の尻尾を手に取るとその細い指で梳いた。
「銀稲荷の貴様がそれほどに疲れるとは……いったい誰の命だ」
「…、いや、これは私の仕事だ。命じゃない」
「……誰ぞ、不正か」
眉間を寄せた稲荷に、銀稲荷は小さく頷いた。
銀稲荷はその腕を買われ、神々がその力を私利私欲に使っていないか監視する仕事を天照大神に任されている。
その仕事の話を明かすところを見ると、本当に仲が良いらしい。
「この辺りの人間が攫われたはずだ。ただ、相手がそれなりの神なのか、気配で探れない。おまけに相手は私に詳しいらしい。なんどかやり方を変えてみたが、無理だった」
「何故攫われたのが分かったのだ?」
「…これは天照大神にも伝えていないが、私は、望まぬ者が天に行く時の声が聞こえるんだ」
「!」
「神の力が弱ければ弱い程、その者の拒絶が強ければ強い程、その声はよく聞こえる。だが、今回は非常にかすかだった。…攫われたのは確かだ、自信がある。だが、正直…見つけられるかは、あまり自信はない」
弱々しい銀稲荷の声に、稲荷は銀稲荷の頭を優しく撫でた。
「……そうか…だから人に化けて?それは疲れるな…膝を貸してやろう」
「あぁ…すまない」
銀稲荷はくすり、と笑って、ぽふぽふと自分の膝を叩く稲荷に体を預けた。稲荷は自分の膝を枕に寝転がった銀稲荷の耳をもふもふと揉んだ。
「私の目をここまで誤魔化すとは、相手は私達より上の神だろう…。なぁ、厳島、貴様は心当たりはないか?ここに来るまで、長曾我部元親という男は民に慕われている人間だと聞いたからな、何か知っているかもしれないと思って尋ねようと思って四国に向かおうとしていたんだ」
「海を飛ぶつもりだったのか?!…あまり無茶をするでない」
「あぁ。だが、早くしないと攫われた人間がどうなるか分からん。急がないと…」
「…我に手伝えればよいのだが…。だがしかし、攫われたのならばすぐに見つかりそうだが、何故見つからんのだ?」
「いや、攫われたのは魂魄のみで身体ごとじゃないんだ。死んだと勘違いする者もいるからな、尚更急がねばならない」
銀稲荷は閉じていた目を開き、稲荷を見上げた。


「なぁ、厳島。病でもないのにひたすら眠り続けている、そんな奴を見ていないか?」


「……いや、知らぬ」
稲荷は耳を揉む手を一瞬止め、そう言った。
<<prev next>>
カレンダー
<< 2011年03月 >>
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31