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賽と狂犬、希望と亡霊5

「…豊臣の……大将?」
ーーーーーこの男はなんと言ったのか
死ぬ事ができる、と。そう言ったのか。最も強大な絶望である“死”すら、三成にとってしてみれば絶望ではないというのか。
三成は呆けている彼に最早興味を示さず、豊臣の隊が待機している方へと立ち去ろうとしていた。
ーーーーーそれは、とても
彼は慌てて立ち上がり、三成に追い縋った。三成の腕をがしりとつかむ。
「ずりぃよそれ……!」
ーーーーー羨ましいではないか
「俺にも、アンタみたいな生き方をさせてくれよ…!」
三成はその発言をどう取ったのか。三成は彼の言葉に僅かに驚いたように彼を見つめた後、ふ、と目を細めた。
「…貴様、名はなんという」
「!俺は、島清…いや、」
名を尋ねられたことに彼は少しばかり驚き、名乗ろうとして一旦言葉を止めた。
その名を名乗るのは、僅かばかり憚られた。これは変わるチャンスだ。新たに手に入れるー過去と決別するチャンスなのだ。
「…左近。左腕に近し、島左近ーー!」
だからそう名を変えた。
死という絶望すら絶望といとわぬ豊臣の左腕。自分の世界観を清々しいまでに斬り伏せた、その存在を刻み付ける。
「…左近。いいだろう、ついてこい」
「……!はいっ!」
三成は端的にそう言い、歩みを再開した。どうやら彼を豊臣へ迎え入れるつもりらしい。彼は驚きながらも、だが確かに嬉しそうに表情を崩し、さっさと先に進む三成の後についていった。
彼はこうして、島清興から島左近に成った。



 「……………」
それと前後して、賤ヶ岳付近に兵を進める一軍があった。先頭からやや中央より、そこに一人他の兵とは装い異なる男がいた。
男は柴田勝家。織田軍の尖兵であり、1つの小隊を任されていた。
任されている、という表現はあまり正しくはない。最終的な指揮を下すのは彼ではなく、また彼もその指揮に従う身である。あるのだが、この隊の責任は彼に負わされているという、なんとも珍妙な立ち位置である。
「…………………」
これもそれも、彼が過去にしでかしたことが原因だ。

彼は過去に、主君である織田信長に反旗を翻したことがある。それは失敗に終わり、そして信長も何故か彼を殺すことはしなかった。
殺す価値もないと判断したのか、生きていれば多少なりと使い道はあると判断したのか。その辺りのことは彼の知るところではなく、また彼の興味でもなかった。

勝家はぼうとして何も考えないまま、ただ目の前の道を見つめる。隊の兵らには若干の疲労が伺えるが、隊の進行を止める気はない。そうは命令されてはいない。
「…………」
ヒソヒソと話す声が聞こえる。それが自分を非難するものだとしても、勝家には関わりのないことだった。
生きながら死ぬ。
彼を表現するには、そうした言葉があながち外れでもないだろう。
もちろん彼に死んでいるつもりはない。彼はただ、在るだけだ。そこに存在しているだけ。それに理由はないし、理由をつけるつもりもない。
清興にとって世界が絶望の前に惨めなものであったのなら、勝家にとってはこの世界は絶望のみがある仮のものだった。本来生きるべき場所ではない、仮物の世界。故に在るだけ。生きるべき場所ではないのだから。
「……、………」
語るべきこともない。思うべきこともない。故に彼は、他の兵など知らぬ、自らの疲労すらも知らぬとでもいいたげに、馬を進めていくのだった。
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