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貴方も私も人じゃない176

「……おどけるな」
「ならお前はマジになるな。黙って聞いとけ」
「……ッ」
不意に険しくさせた政宗の視線に、孫市はぐ、と唇を噛んで目を逸らした。
納得はしていないだろう。家康は、はぁ、も気付かれないように小さくため息をついた後、座ったまま孫市を見上げた。
「…彼女は生きてやってもらわないとならない事がある。だから生かす。それまでの話だよ」
「…………」
「悪いがこの決定に意見を聞く気はない。もういいか?」
「……………承知した」
孫市はぎり、と歯を鳴らしながらも、そう言って大人しく部屋から出ていった。政宗は家康に向かって肩を竦めて見せ、孫市の後をおっていった。
「…慶次?」
真っ先に孫市を追っていきそうな男、慶次は意外にも後を追わず、じっと家康を見つめていた。その顔に普段のにこやかな表情はない。
「…話は終わったぞ」
「いいや、終わってない。俺も納得できない」
「…そこまで説明する義理はないだろう。早く帰るんだ」
「確かに俺は彼女の事を全然知らないし、でも、」
「慶次」
「…ッ」
ピシャリ、とはね除けるような家康の言葉の冷たさに、慶次は驚いたように家康を見た。家康は真っ直ぐ慶次を見つめている。
その、見たことのない目の冷たさに、今更ながらに慶次は異常を感じた。
「………家、康…」
「…話は今度付き合おう。今日のところはもう帰ってくれ。そういう気分じゃないし、話すこともない」
「……う…、分かったよ」
慶次は何か言いたげであったが、今の家康に異義申し立てる度胸はなかったらしい。慶次はしふしぶといったように立ち上がり、ぱたぱたと二人の後を追って姿を消した。
家康は、はぁ、と大きくため息をつく。力が抜けたように、家康は姿勢を崩した。
「…………………」
ーそれまでの話
自分の口にした言葉に、自分で嫌になりそうになる。
逃げ道を無くすつもりの発言だった。きっと自分は彼女を手放すことができない。だが、生かし続けてしまっては、それは鎮流の首を優しく絞め続けているようなものになってしまう。

ーせいぜい大事にするといたしましょう

皮肉めいた笑みを浮かべ、どこか優しくそう言った彼女を、これ以上裏切ることはできなかった。
「………」
はっきり思い出せる。かっとなって首に手を掛けたときの、満足そうな彼女の表情。
間違いなく鎮流は、殺されることを望んでいる。自分の手で殺されることを、望んでいる。
裏切って傷つけた。憎しみを抱かせた。色々なものを奪った。
これ以上、彼女が苦しむことは、出来ないと思った。
「…それまでの話……彼女といることが許されるのは、それまで…」
家康は自分に言い聞かせるようにそう言うと、静かに立ち上がりその場を後にした。



それからの日々は、ゆっくりなようで、早く過ぎていった。
日に日に大きくなる腹に、鎮流は普段の服はもう着れなくなった。相変わらず入れられている部屋は座敷牢ではあったが、食事は毎度家康が持ってきた。家康以外で訪れるのは、連絡要員として動く源三くらいなものだった。
「…大きくなったなぁ」
「まだ性別は分かりませんね」
生物的な意味で親になるからなのか。二人の間に流れる空気は、豊臣時代のそれと同じだった。鎮流が家康の手を拒むことはなく、家康も鎮流を優しく扱った。
まるで夫婦のような空気が、そこにはあった。
「それじゃあまた後で。何か必要なものは?」
「いえ。この前いただいた書でも読むとします」
「そうか。それじゃ」
家康は食事の時だけ、時間を共に過ごす。食事を終え、少し話をして、仕事に戻る。
それの繰り返しだった。


関ヶ原の戦が終わって、二月ほど経った頃のことだ。珍客が鎮流の元を訪れた。
「…これはこれは。どこから入り込んだので?」
牢の前に立っていたのは、孫市だった。見慣れた戦闘用の衣装ではないが、相変わらず動きやすそうな格好をしていた。
孫市は驚いたように鎮流を見下ろした。
「……お前、その腹は…」
「これが私が生きている理由でございますよ」
「…!徳川の、」
「さぁ?それはどうでしょう。ある人間の子を孕んでいるのは事実ですが」
「………ふん。生き恥を晒す気分はどうだ」
「生き恥?何故私が恥じねばならないのです?」
「…なんだと……?」
ぎり、と孫市の歯が鳴る。
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