2010-10-26 16:19
幸村は物に触れないようにしながら部屋に置いてあるものをよくよく観察して回った。見た目だけでは理解できない物ばかりだった。どうやっても分かりそうにないので、幸村は最初に寝かされていた布団に戻る事にした。
布団の上に座り、軽く教えてもらった現状を頭の中で整理する。とにかく、今このアパートなるものを出ても、どこにも自分の知り合いがいないらしいことだけは確実に理解出来ていた。
「…みやの、れいな…殿」
教えてもらった名前をつぶやいた。
不思議な少女だった。以前から幸村の事を知っているとはいえ、どうやら一人暮らしらしい女が容易に家に男を入れるなど、幸村には考えられなかった。そしてどこか彼女には、自分に興味がないようにも見えた。
自分がどうなろうと――そう、例え不本意な形で死を迎えるかもしれないとしても。
「…」
幸村は最初に渡された書を再び手に取った。自分の好敵手の絵が表紙に描かれている書は、酷く読み込まれているようにも見えた。彼女にとって、自分の世界はもしかしたら思い入れのある所なのかもしれない。幸村はそう思った。
「どうやらこの日の本には…御館様も佐助も政宗殿も石田殿もいらっしゃらぬ…徳川殿も…。この幸村、天下を別け隔てんとする戦を目前に、なんたる不覚!どうにかして、なんとしても、早急に帰らねばならぬ!」
一人で小さく自分を戒める言葉を呟く。その書を机の上に置くと、幸村は布団に寝転がった。
動き回って気が付いたことだったが、どうやら負った傷は大分深かったらしい。じくじくと痛み、包帯にはうっすらと血が滲んでいる。誰に負わされた傷かは思い出せないが、油断していたのだろうか。
幸村は静かに目を伏せ、すぐに眠りに落ちた。
数時間後、幸村は強く扉が叩かれる音で目を覚ました。室内が明るくなっていることから、日の出は過ぎた事が伺えた。
幸村は慌てて返事をしようとし、慌てて口元を抑えた。何があっても出ないで。宮野の言葉が思い出されたからだ。
「ちょっとー?」
「……っ」
「真田源二郎幸村さーん?!いるんでしょうー?!」
「っうぉっ?!」
幸村はまさか自分の名前が呼ばれるとは思わなかったので、思い切り驚いて声を上げてしまった。
その声に、扉の外の人間は盛大にため息をついたようだった。
「ここの大家のもんだけど。黎凪ちゃんに頼まれ事されてんのよ、開けなー」
どうやら、宮野の知り合いらしい。幸村は少し迷った後、扉の前に立った。
「大家殿、でござるか」
「あらやだござるだなんて。この世界の人間じゃないっての本当みたいね…」
「?そ、そんなに変でござるか?」
「黎凪ちゃんが言うにはござるは昔の謙譲語・敬語だったらしいけどねぇ…」
「はぁ…」
「取り敢えず話したいから、中入れなさい」
「中に入れ…ッ?!ダメで御座る許可されておりませぬっ!!!!」
「はぁぁ?!ちょっとうるさいわよアンタっ!いいからドア開けなさい!話があんのよ!」
「!も、もも申し訳ござらぬ。して、大家殿」
「何?」
「開け方が分かりませぬ」
「……あらま」
結果的に扉には鍵がかかっておらず、大家の松田と名乗った女性はまたため息をついていた。