葱と牛蒡とツインテール49




そして、その日。政宗は軍を率いて、西へと出陣していった。

しきは他の守衛の兵や女中達とそれを見送った。きゅ、と拳を握りしめる。
「…私はここで、私がやれることを、しなきゃ」
しきはそう呟くと、仕事をするべく袖を捲って括った。他の女中もしきに続いて仕事に戻り、兵達は自分の配置へと向かった。
しきは小さく拳を握った。シナリオ通りに話が進むことを、心のどこかで願いながら。
 午後のことだ。あとから本隊に合流するという四人が、ばたばたと城に戻ってきた。馬の用意を頼まれていたしきはそちらを振り返る。
と、そこに一人、別な人物が混じっていた。しきは僅かに目を見開く。
「前田慶次…!」
長い髪と刀が目につく、大柄な男。名前を叫ばれた慶次はしきを驚いたように見た。
「へぇー別嬪さんだねぇ!初めて見る顔だと思ったんだけどな!」
「お世辞は結構です、なんで伊達領にニートが」
「??にぃと?」
思わずいつもの調子で言ってしまったしきは、慌てて何でもないです、と手を横に振る。慶次はきょとんとしていた。
「戻る途中で会ったんです、たまたま」
「すいやせん、奥方様に馬の用意なんか…」
「奥方?!!?!じゃあ、独眼竜結婚したのかい?!」
「ご冗談を!年下を旦那にしたいとは思いません」
「へっ?」
「あ、この人は片倉様の…」
「えぇぇっ?!」
慶次は大層驚いたようで、じろじろとしきを遠慮なく見た。しきはむ、とした表情を浮かべる。
じろじろと見られるのは流石に気分がよくない。
「…何か?」
「えっあっいやぁ、あの人に出来るってちょっと意外で…どこの娘さんなんだい?」
「け、慶次さん…」
「遠慮しない人ですね、不躾な」
「う、えと、す、すんません…」
ぎろり、と精一杯睨んでみせれば、慶次は慌てたようにそう謝った。その時しきは、良直が文を持っているのに気がついた。
「…その手紙」
「あぁ、徳川から筆頭に…」
「でも絶対家康じゃない。あいつはこんなことしない」
「勝手に読んだんですか、ほとほと不躾な人ですね。親の顔が見てみたいですよ」
「うっ…さすが竜の右目の奥さんだ、手厳しい…」
しきはおどけたように萎縮する慶次にふん、と鼻を鳴らし、目をほそめた。
「…絆の力…近くにいる友人一人理解できないのに、何を語るんだか…」
「!あんた、」
「家康は嫌いじゃない。でも…自分を愛していない人に人を愛することなんて出来ないんだから、家康の語る絆なんて、いかほどの強さなのかしらね」
「……あんた、家康が自分を愛してないって、言いたいのかい?」
しきが呟いた言葉に、慶次も目を細めてしきを睨むように見る。しきはその目を見返した。
「…彼の言う絆の力で三成の心を癒せていたら、こんな大事にはならなかったはずよ」
「……随分と、今の状況に精通してるんだね」
「お、奥方様…?」
「人はどれだけ綺麗事を口にしてもその程度しか他人を見ていないのよ。あなたが、最後まで豊臣秀吉を理解できなかったみたいに」
「!なんで秀吉のこと、」
「お節介を焼くのはあんたの勝手だけど、政宗様や小十郎さまの邪魔はしないでくださいね」
慶次はしきの言葉にしばし呆然とした後、がし、としきの腕をつかんだ。