もうお前を離さない5

「お袋さんとお兄さんが事故で亡くなって、それで親父さんが壊れちゃって着のみ着のままで追い出されたらしいわよ?」
「なんと非情な…!」
「そうよねぇ!でもあの子、それだけなのよ…」
「それだけ、とは…?」
「親父さんが憎いー、とか、全くないの。毎日日付越えるまでバイトして、高校に通って宿題もちゃんとこなしてるから寝てる暇も休む暇もない…倒れないのが不思議なくらいだよ」
「ばいと…?あ、高校とは学問所なるところでござるか」
「あぁバイトっていうのは日雇いの仕事の事。高校はそうだねぇ、学問所だね」
「されど、何故そこまでして高校なるところに通われているのでござろうか…?」
「今のご時世、高校の一つ上の大学、っていうのを出ないとろくな職につけないのよ」
「な…!職を選べる世界なのでござるか!」
「確実に仕事に就けない場合もあるから、いいことだけじゃないわよ」
「あ…成る程」
「おまけにあの子、警察官になりたいらしいのよ。あ、警察官っていうのは、治安を守る人の事だよ」
「…!宮野殿は武士になりたいのでござるか?!」
「はぁぁっ?なんでそうなるんだいっ!警察官と武士は全然違うじゃないのよっ」
「も、申し訳ござらぬぅぅ!」
どこか漫才のようなことを繰り返す二人。どうやら大分意気投合したらしい。
しばらくそうして会話をした後、松田は腰をあげた。
「とにかくそういうことだから、黎凪ちゃんの事、頼んだよ。アンタなら大丈夫そうだし…何よりあの子、自分の体を気に掛けない子だから」
「分かり申した!お任せくだされ!」
「あ…そういえばアンタ、食事はどうしてる?」
「?昨日になるのでござろうか、目が覚めた時にきつねうどんを頂いたでござる」
「あの子は?食べてた?」
「いえ、何やら慌ただしい様子でござった…。…!食べておられぬかもしれませぬ!」
その事実に、幸村は今更ながらではあるが愕然とした。
見ず知らずの人間の好意に一方的に甘えてしまった。恥ずべき事なり、と幸村は胸のうちで唱え、唇を強く噛んだ。
「やっぱりねぇ…じゃあ今日は私が何か作るから、ちゃんと食べさせてくれるかい?」
「承知でござる。…他に、某にお手伝い出来る事はござろうか?」
「…そうだねぇ。最近この近くでマスコミがうろついてるらしいから、アンタは出来るだけ気配を消しててくれるかい?」
「ますこみ?鱒…込み?」
考えた事が顔に出たのだろうか、松田は違う違う魚じゃない人間人間、と顔の前で手を振った。
「…マスコミっていうのはアンタの世界でいう、瓦版を出してる人間でね。最近のは質が悪くてねぇ。どこで嗅ぎつけたのか知らないけど、黎凪ちゃんがここにいるのを知って見張ってるんだよ。男が一緒の部屋にいるなんてばれたら、最高の餌になるわ」
「!餌…?!」
「母親と兄を亡くし、父に捨てられた少女が援助交際に走る、なーんてマスコミっていうのはそういう話が好きなのよ」
「えんじょ…?」
「お金の為に体を売る事だよ」
「んなっ!!」
「たとえそれが本当の事じゃなくても、人はそうやってすげさむのも好きだからねぇ…」
「…っ!宮野殿のご迷惑になるわけにはまいりませぬ!某、ここを「私だってねぇ、そんな面倒になるかもしれない可能性は承知の上さね!それでもあの子にアンタを家に置くのを許可したのねぇ、あの子には支えが必要だからだよ!」
「は…!?」
幸村は松田の言葉に、再び目を見開き立ち上がり上げていた体を止めた。