もうお前を離さない4

「大家の松田殿、でござりまするか」
「黎凪ちゃんがアンタを引きずってきたときは驚いたわ〜。いつもより遅かったから心配して見に行けば、ねぇ…血流した男の子をねぇ…」
「も、申し訳ございませぬ…宮野殿のみならず、松田殿にまで…。ご迷惑をおかけし申した」
「…言葉遣いは変だけど礼儀は正しいのねぇ」
「そ、そうでござりまするか?」
幸村は松田と名乗った女性の大家の前に正座していた。松田は幸村の態度が気に入ったらしく、機嫌がよさそうに笑っている。
話し振りや年齢から、どうやら大家というのが宮野の家を統べる者らしい、と幸村は理解した。
「あぁそうそう、アンタの槍は私が預かってるから。ウチは槍道場やってるからいざって時も誤魔化せるだろうしねぇ」
「誤魔化す…?あ…そういえば宮野殿が仰っていられたのでござるが…この世界には某のような人間はおらぬ、と。それに…武器をとる者もおらぬと」
「いっないわよ!日本はもう戦争をしませんって法律があるくらいなんだから。それに今はそもそも銃刀法って言って、刀や銃は所持しちゃあいけないの。居合いとか、猟師さんとか特別な場合のみは所持を許可されてるんだけどねぇ。ま、ウチの槍道場も一応所持してるけどね」
「…そうなのでござるか。泰平の世なのでござるな」
時と場所が違えど、日の本に泰平の世は訪れるのだ。
幸村はそう思うと、何故か酷く安堵した。
その安堵の様子が伝わったのか、松田は怪訝そうな表情を浮かべた。
「本当にこの世界の人じゃないのねぇ…。…ありがたく思いなさい、黎凪ちゃんが拾ってなかったら、アンタ今頃、むしょの中だったわよ」
「むしょ?」
「牢屋のことよ、牢屋!あんな露出の多い服着た上に槍なんか持ってたらすぐ御縄になるわよ」
「そうだったのでござりまするか?!」
「あら、聞いてなかったの?確かにあの子、家に帰ってきてから一時間も経たない内にもう出ていくからねぇ…そんなに話すらしてないんだねぇ」
「いちじかん?」
「えぇっと…一刻が二時間だって言ってたわねあの子…だから、半刻ぐらいのことよ」
「斯様な短い時の間しか休まれぬのでござるか?!」

「あの子、親に捨てられた子でね」

「え」
さらりと言われた言葉に、幸村は固まった。

捨て子?

捨て子など、幸村の世界では口減らしの為に行われたことがしばしばあったことはある。だが、宮野が捨て子だと、幸村には全く思えなかった。捨て子にはどこか、自分を憐れむ様子があったからだ。宮野には、それがまったくない。興味がないと感じたのはあながち間違いではないのかもしれない。
松田は気が付いていないのか、そのまま喋り続けた。