もうお前を離さない6

なぜ、自分が宮野の支えになるのだろうか。
自分と宮野は、一日も経たない前に出会ったばかりだ。たとえ以前からその存在を知っていたとしても、直接会ったのは初めて、そもそも本物の確証すらないのだから、宮野も初対面な事に違いはない。
そんな人間が、支えになるはずがない。
「…有り得ませぬ。某と宮野殿には何の接点もないのでござるよ」
「急に静かになるんじゃないよ、不気味だね」
「某と宮野殿は赤の他人。何も知らぬ某が宮野殿の支えなど、有り得ぬ事。そもそも某は、宮野殿が某を拾った理由すら分かりませぬ。斯様な者に心を許すなど、断じて出来ることではござらぬ」
「あの子がアンタを拾った理由?そんなもの、放っておけないからに決まってんだろう?」
「某には分かりませぬ!」
幸村の言葉に松田ははぁ、と盛大にため息をついた。どう答えるべきか決めあぐねているようだった。
幸村は視線を逸らして続けた。
「分かりませぬ…。某は言い訳を抱えた殺戮者でござる。己の身が危うくなれば、迷うことなく武器をとる。それは相手が宮野殿とて同じ事。例え如何な恩義を受けた人間であれ、甲斐・武田の脅威となるものは排除する。某はそのような人間なのでござるぞ」

「知ってるよ」

「んまっ」
不意に聞こえた声に、松田は声をあげ幸村の肩は小さく跳ねた。かちゃり、と小さな音をたてて扉が開き、宮野が姿を現した。
「早かったじゃないの。じゃあ私は戻るわよ」
「あぁ、今日のバイト、向こうの都合が悪くて休みになったんで。ありがとうございました。……幸村、私は支えてもらいたいだなんて思ってない」
「!」
宮野の言葉に、幸村の肩が再び小さく跳ねた。
「声が大きいから、階段の所で聞こえた。盗み聞きするつもりはなかったんだけどね」
「…。知っていると申されたな。貴殿が、某の何を知っていると言われる…!」
「……。そうだね、私は貴方のことを本当は何も知らないかもしれない。ただ、他の人間から見た貴方は知っているつもりだよ」
「は…?」
宮野は静かに幸村に歩み寄ると、その前に座った。じっ、と幸村の目を見つめ、小さく笑ってから口をひらいた。
「天下上洛、卿もまたそれらを免罪符とする武将という名の“殺戮遂行者”の一人にすぎない」
「ッ!」
「優しい奴はあれこれ思い悩む、失敗も多い、なかなか強くなれない。しかし最後に本当に強くなるのは心の温かいお前のような男だ。台詞これであってたかなぁ…。でも、幸村はそういう人間でしょう?」
「!!!!何故それを…」
「私はいわばただの傍観者だ、人の生き方に口をさすつもりは毛頭ない。幸村にあてはめて言うのならば、幸村が私を殺そうとも、それはそれで構わないしそれは私が悪かったということになるだけだ」
「…ッ」
「ただ、私は傍観者だからと言って他人が行き倒れてるのをほっとける人間じゃないだけだ」
「……」
「私は誰かの迷惑になるのは嫌いだが、誰かからの迷惑を受けるのは嫌いじゃない。だから幸村、アンタは何も気にするな」
「…ッ意味が分かりませぬ!見ず知らずの人間の為に、自分を犠牲にすると申すか!」

「幸村も似たような人間だろう?」

「はぁっ?!」
幸村の声が裏返る。宮野は笑いながら肩を竦めた。
「泰平の世の為、力の無い見ず知らずの民草の為その身を危険に晒し戦っている。武士ってのは、そういう人間だろ?私はそういうような、誰かの為に何かを成せる人間になりたいだけだ。些細なことでもね」
「…されど…ッ」

「…私は誰かの力になりたいんだ。誰かの犠牲になりたいんだ。…私は、認められたいんだ…」

ぽつり。小さな声で呟かれた言葉。幸村はその内容に、小さく目を瞠った。
「え…?」
「それに、元の世界に帰るすべすら分からない上に怪我しててこの世界の事を何も知らない人間をほっぽりだせるかよぅ。いいから幸村は黙って安静にして取り敢えず怪我を治せ!世間に援交だと思われようが構わない。取り敢えず私は放っておけないだけだはいこれは私の自分勝手!ほら分かったら寝る!」
宮野にまくしたてられ、幸村はその勢いに押されてしまった。
小さく呟いた事は言わなかったように振る舞う宮野に、幸村は聞き返す事は出来なかった。