貴方も私も人じゃない180

二人は時間差で仕掛けてきた。多少都合がいい。
同じく刀で斬りかかってきた男の攻撃を、右手を側面に降り下ろすことで剣撃を誘導しながら、今度は左に避ける。つんのめった男の刀を、先と同じ場所で左手で掴む。そのまま上に引くようにして刀を奪い、刀の背に右手を添え、そのまま勢いを殺しきれず前に進んでしまった男の身体に押し付ける。
ぞぶり、と刃が身体に沈み込む。鎮流はそのまま左手で刀を引き、それに合わせて相手の肉がそぎれた。
「ぐあっ…」
男が怯む。鎮流は刀を手にしたまま、数歩後ろに下がる。後ろの男はもう振りかぶっている。鎮流は刀を捨てず、横向きに、やや上段に構えた。勢いよく降り下ろされた刀を受けずに斜め後ろに下がる。
横向きに構えていたことから受けるだろうと思っていた男は即座に体勢を直せない。鎮流は上段の位置からそのまま振りかぶり、相手の首筋にそれを勢いよく降り下ろした。
「ぎぇっ!」
深く入ったか、骨に当たって刀が止まる。鎮流は後ろにそれを引いて刀を抜いた。勢いよく噴き出す血をよけるため、また数歩下がった。
「………ふぅっ」
鎮流は止めてしまっていた息を吐き出した。ぴくぴく、と微妙に息がある男の心臓部に持っていた刀を突き刺し、とどめをさしてから鎮流はようやく3人をよくよく見下ろした。
「…さすがに面相だけじゃあ分からないわね…暗殺者が身元を知れるものをもつとも思えないけど」
だがすぐに素性を探るのは諦め、部屋の外へ出た。

明日処刑される人間を殺しにきたのだ。それも天下人たる徳川の居城に侵入してまで、だ。
それはただ事ではないし、ただ者でもない。

「……一先ず家康様の元へ、」
「行かせないぞ」

鎮流は振り返るよりも先に、目の前の曲がり角へ転がり込んだ。直後、ばん、という銃撃音が響く。
「チッ」
「あらあら…ッ!」
今夜は天気がいい。故に廊下は明るすぎる。
鎮流は目の前の部屋に飛び込んだ。先の言葉と今の舌打ちから分かる声で侵入者の正体が知れた。
「鎮流ーー!」
「これはこれは雑賀殿、随分憎まれたものですね…!」
「今の私は雑賀孫市ではない、ただのサヤカだ…!」
動きを止めたら終わる。鎮流はそう判断し、部屋から部屋へ、その都度襖をしめながらあちらこちらへ動き回る。
孫市が口にしたことを意外に思いながらも、逃げ回る。殺されてなどやらない。自分を終わらせるのは家康なのだから。
「(…銃声でここにかけつけるまで早くて5分くらいってとこかしら…)」
孫市が雑賀の名を捨てたということは、それだけの決意をもってここにいるということだろう。それでも簡単に死ぬ気はないのか、それとも先程3人倒し伏せたことを思っているのか、銃を乱射したりすることはなかった。
静かな夜に二人の足音だけが響く。少し遅れて、遠くでざわめきだす音も聞こえ始めた。
「チッ」
近くの部屋に終わりが来た。ここから時間を稼ぐが、それとも家康のいる方へ近寄るか。正直既に体力は限界に来はじめていた。出産から一週間は経ったとはいえ、ダメージは大きい。
と、そんな風に悩む鎮流を、後ろから掴む者がいた。
「お嬢様!」
「!あなた、」
咄嗟に振り払おうとした手を止める。そこにいたのは源三だった。装備までしっかりしている。
「どうして、」
「護衛役を仰せつかっておりました故。先の銃声は!」
「雑賀孫市。いや、正確には雑賀をやめたみたいだけど」
「…!こちらへ」
「!」
源三は片手に短刀を引き抜き、鎮流を横抱きに抱き抱えた。息が切れているのに気が付いていたのか。
源三はそのまま庭に飛び出し、そのまま城の裏へと向かった。
「どこに、」
「車!車を持ってきてあります!徳川様に許可を得、城の裏手の隅に置いてあります!あれならこの時代の銃弾くらい、容易に防げます!」
「…!なるほど」
源三は駆ける。老体とは思えない足腰の強さだ。
だが。
「っ!、」
「爺や!」
車が視界に入ったところで、ばん、と銃撃音が響き、源三の身体ががくんと揺れる。バランスを崩し、鎮流は投げ出された。
なんとか受け身をとって着地し、源三の身体をさっと確認する。銃弾は腹部に当たったようだ。
「…が、ぁっ……!」
「…チッ、この位置…最悪脾臓に当たったか…!」
源三の表情から、最悪のケースを想定する。鎮流は源三の下に入って身体を持ち上げ、車の手前の木々の影に飛び込んだ。