聖なる夜のハプニング80

「…あの人はよく似ている。だから、秀吉公もそうだったのだろうか、と、ちょっと思ってしまってな」
「…?」 
家康は言わんとしていることがよく分からず、首をこてんと傾げた。
徳川は自分の手を胸元に当てた。防具がぶつかりあって、かつん、と音を立てる。
「半兵衛殿は…隠しておられたが、病を患っていた。……今思えば、秀吉公や半兵衛殿が強引に進み始めたのは、半兵衛殿の先が長くないことが分かっていたからなんだろう…」
「…!………」
「…ま、今更ワシにとやかく言う資格はないな、」
「いいや言ってくれ」
苦笑しながら話を終わらせようとした徳川に、家康は静かにそう言った。徳川は驚愕の眼差しで家康を見る。
家康はしばらく視線をさ迷わせたあと、顔をあげて徳川の目を見た。
「…秀吉先生はああ言ったが、ワシはお前の世界の人間じゃない。だから、お前が何を話そうと関係ない。…お二人の今後のためにも…今お前が何を思ったのか聞きたい」
「…………。……は、ははっ」
「!なんで笑うんだ、」
「いや…。……、秀吉公は独りで生きているのだと思ってたんだよ、ワシは」
徳川はそう言いながら、階段を上がりきったところにある窓の方へ歩き出した。家康は首をかしげながらも、それについていく。
徳川は窓から空を見上げた。日が暮れ、空には月が登っている。
「半兵衛殿は、そんな秀吉公の補佐でしかないんだと思ってたんだ。三成が左腕であるのと同じ、ただの右腕だと。事実、半兵衛殿が亡くなっても秀吉公は止まらなかった。…でも……秀吉公も、あなたの師である秀吉公と、同じだったんじゃないか?と。……愛する人間を自ら殺すぐらいはしただろう、って言葉を思っても…」
「…つまり?」
「……覇王としての姿は秀吉公の理想で……秀吉公は、半兵衛殿がいなければ覇王ではいられなかったんじゃないか…本当の秀吉公は、実際は…もっと………」
「……!」
徳川と同じように空を見ていた家康は僅かに驚いたように徳川を見た。徳川は、ぐ、と唇を噛んだ。
「………………」
家康が徳川の表情の変化に目を落とせば、握りしめられた徳川の拳がふるふると震えていた。
家康はそれを見て、くるり、と徳川に背を向けた。
「……いいじゃないか、それでも。たとえそちらの先生がそれで孤独の中に居たのだとしても…お前が誤解していたのだとしても」
「…なんでだ?」
そう聞き返す徳川の声は、わずかに震えていた。家康は、ふふ、と小さく声をあげて笑う。
「分からないのか?意外と貴方は単純に物を見るんだな?」
「………」
「そう思われることが、彼が望んだことだからだ!」
「…!」
言い切った家康を、ばっ、と徳川が振り返ったのを、家康は背中で感じた。家康は振り返らないまま、ふふ、とまた笑う。
「自分を殺してでも、そう思われることを願ったんだ。そうした理想の自分でいることを願ったんだ。貴方がそんな顔をするのは、反旗を翻したのだとしても、彼を尊敬していた所もあったからなんだろう?だったら、ずっと誤解したままでいるんだ。そうすることで、秀吉さんは、貴方の中で自分の夢の…覇王としての存在でいられるんだから」
「………ッ……あぁ……そうかもしれないな……!」
そう言った徳川を、家康は振り返った。窓から差し込む月明かりに立つ徳川の表情は逆光になってよくは分からなかったが、確かに笑っていることは、家康に分かった。
家康はそんな徳川に、にっ、と満面の笑みをしてみせた。
それでいいのだと言うかのように。