もしこの道を進めたなら29

「自己犠牲など巫山戯るな!そんな軟弱な精神で人の上に立つなど認めない!」
「…ッたが…!ワシは自己犠牲をしているつもりはない!」
「奢るな家康!」
「それがワシの覚悟だ!お前を裏切った、ワシの覚悟だ!」
「ッ、」
家康は素手の手で三成の刀を掴み、首元から離した。下手に動かせば簡単に指が切れてしまうから、三成は刀を動かせずに、そして、家康の放った言葉につまる。
家康は真っ直ぐ三成を見据えた。三成に言われた言葉で、分かった気がした。
「三成。ワシはお前だけじゃない、色々な物から逃げていた。そして自分を閉ざしていた…責任感からな」
「……?」
突然語り出した家康に、三成は不可解そうに眉間を寄せた。家康はぐ、と刀を握り締めた。掌に食い込んだ刃から、血が滴る。
三成はそれに、ぎろりと家康を睨んだ。
「…離せ家康。無駄な傷をつけるな」
「ワシの事を見ていてくれる奴もいる。それに気付けないほどに」
「おい」
「確かにワシはお前の言う神になろうとしていたのかもしれない。ワシは全ての者の幸福を祈っている」
「…」
三成は黙って家康を見据えた。鍔の所まで垂れた血が、地面に滴る。
「必要ならば…ワシはそうなろう」
「家康!」
「これは犠牲じゃない。それがワシの夢だからだ。そして、そうする事が、ワシの罪の贖罪にもなる」
「巫山戯るな!何が罪だ!」
「ワシは秀吉公に、豊臣に対してワシがやった事を正当化していいとは思わない。罪は罪だ、例え天下人となり日ノ本を統べる立場になろうとも、贖わなければならない」
「貴様…ッ!」
「勿論、お前だから話している。あちらで、それは誰にも明かすつもりはないよ」
「………ッ」
三成はどこか納得していないようではあったが、特に言い募ることはせず、目をそらした。
家康は三成を見つめた。
「ワシはきっと、ずっと逃げていたんだ。迷ったままお前と戦い、後悔していたのかもしれない。それから逃げたくて、認めたくなくて……。三成、お前はワシが何かをなくしたと言ったな」
「……あぁ」

「きっとそれは、夢だ」

三成は家康の言葉に目を細め、どこか悲しそうに笑んだ。否定はしない。
家康も三成のその表情に、困ったように笑った。
「ワシは逃げて、責任感の中で、それがワシのすべき事と決めつけて生きていた。ワシの夢の為ではなく、義務感から生きていたんだ」
「………そうだな」
「もうそれはしないよ。そんな生き方が、一番お前を侮辱していると、そう思うんだ」
「当然だ。夢の為に秀吉様を屠ったのならば、夢を叶えるまで走り続けろ、捨てる事は認めない」
「はは…お前ならそう言うと思ったよ」
家康はそう言って、嬉しそうに笑った。三成はふん、と鼻を鳴らす。そうしながらも、口元は笑んでいて、表情はどこか安心したかのように柔らかい。
家康は刀から手を離した。深く刺さった傷口は、ぱっくりと開いていて、ぼたぼたと血が出ている。家康はその手をぐ、と拳にし、自分の前に掲げた。
「この傷がお前への誓いだ、三成。ワシはもう情けない生き方はしない。夢を叶え、永久に続く和平の世を築いてみせる!」
「…そうだ、そうしろ。それが秀吉様への贖罪になる。貴様が大義を果たしたならば、秀吉様も貴様を許されるだろう」
「ふふ、三成のお墨付きがあると自信がつくな!」
「くだらん。さっさと帰るぞ、誓いにするのは勝手だがそのままでは血が出すぎて死ぬぞ」
「…確かに、思ってたより切れていた……」
「馬鹿か貴様は!」
家康はごちんと三成に殴られながらも、笑っていた。
心の底から笑えた。目を伏せても、もう胸は痛まなくなっていた。