もしこの道を進めたなら28

「………」
「…あー…家康、」
「…………」
「…定かではないが…貴様の知る私は、そうは思っていなかったと思う…ぞ」
「………なんでだ?」
詰まりつつそう言った三成に、家康は僅かに顔をあげた。三成は難しい顔して、腕を組んでいた。
本人にもうまく言えないようだ、しばらく考え込んだ後、きっ、と家康を見た。
「何となくだ」
そしてそう、きっぱりと言い切った。
家康は予想していなかった言葉に拍子抜けした。
「何となくって…」
「何となくは何となくだ。そもそも、そんな状況で果たして私が正気を保てていたかどうかも分からん」
「………」
三成の言葉に家康はもごもごとどもる。
果たして三成が正気だったのか、それは家康には分かりかねた。様子が変わっていたのは確かであったし、冷静でなかったようにも見えた。
だが家康はあくまで自分の前にいる時の三成しか知らない。だから、なんとも言えなかった。
三成はふん、と鼻を鳴らす。
「…どうせ狂っていたのだ。寧ろ、そう気付いていなかった方が、マシだっただろう」
「………そう、思うのか?」
「秀吉様の為に生きていたのだろう?私が気がつく前までは少なくとも、そうする事で私の中で秀吉様は生きていた…」
「!」
「恐らく私が貴様を殺せていたら、その後に気が付いただろう。そこでまた絶望するくらいならば、死んだ方が、」
「三成!!!」
三成は家康の怒鳴った声にはっ、と我に返ったように目を見開いた。なかば無意識の言葉だったようだ。
家康は家康で、三成が漏らした言葉に驚いている。三成はバツが悪そうに顔をそらし、踵を返した。
「…今言ったことは忘れろ」
「…結局どうなっても、三成には地獄だった、って事、だよな……」
止めていた歩みを再開させながら、家康はぽつり、とそう言った。前を歩く三成は後ろを振り返らないまま、ふん、と小さく言った。
「それがなんだ。どうせ戦乱の世では敗者は地獄だろう」
「…それは、そうかもしれないが」
「貴様はそれは覚悟の上だっただろう、何度も言わせるな。中途半端な同情はやめろ」
「同情じゃない、そんなつもりではないんだ」
「ならばなんだと言うのだ?」
「ワシは…お前を不幸にしたくてそうしたわけではないんだ、だから…」
三成は家康の言葉に振り返り、またまた彼には珍しく、馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「神にでもなったつもりか?」

「………え……………?」
家康は三成の言葉の真意が計りかね、半ば呆然とそう返した。三成はすぐにその笑みを引っ込め、いつもの仏頂面で家康を睨むように見る。
「全てが全て幸せになる術などない。貴様らが秀吉様を否定したようにな。貴様がどれだけの想いで夢を語り明日を開いたところで、それによって不幸になる者など必ず存在するということだ」
「…!仮にそうだとしても、そうだからと割り切って、不幸になる者がいてもいいということにはならないだろう?!」
「だから神にでもなったつもりかと言ったのだ!ただの人である貴様に何ができる?!」
「…!」
「それとも貴様がその不幸を被るのか?誰も貴様を顧みず、ただ期待と願いだけを貴様に押し付ける輩のために貴様は自ら不幸を選ぶのか?そんな口でよくも私に自分のために生きろなどと言えたものだな!!」
三成の責めるような口調に家康は反論の言葉がうまく出せずに、口をぱくぱくと動かした。三成はひゅん、と音を立てて抜刀した刀の切っ先を家康の首元に突きつけた。