もしこの道を進めたなら27

「…家康」
「………」
「…もし仮に気付いていたとして…貴様に何ができた?」
「…ッ」
家康は三成の静かな言葉にはっとしたように目を見開き、ぐ、と唇を噛んだ。三成は静かな表情で、そんな家康をちらりと見たあと視線を前に戻した。
「…確かに、何もできなかったかもしれないが…!」
「そうした状況で貴様に何ができる?部下をも裏切り、自分の行為の不当さに声をあげたのか?」
「!!」
「貴様がやろうとしていたことはそんな事ではなかったはずだ」
「………ッ」
「それに、そんな同情をされても困る。馬鹿にしているのか?ならば最初から裏切るなという話だ」
「!」
ずけずけと投げつけられる正論に、家康は何も言えずに黙り込む。
三成はしょぼんと落ち込む家康にふむ、と僅かに考え込んだ。
「…要するに、貴様は私と戦うに当たって同じ土俵に立っていたかった、ということか?」
「………そうだ」
「ならば無駄な考えだ」
三成はふん、と鼻を鳴らし、そう言い放った。ぎろり、と家康を睨むように見据える。
「貴様が裏切った時点で、私と貴様が同じ土俵に立つことなどあり得ない」
「でも、」

「貴様は貴様の目的のために戦った。日ノ本というものの為に戦った。私は自分のやり場のない思いから逃げるために戦った。貴様と私の理由が釣り合う筈がない」

家康は三成の言葉に目を見開き、ぽかんと口を開けて間抜けな顔をしてしまった。三成はそんな家康の表情にイラついたか、ごんと拳で家康の頭を殴った。
家康はいてっ、と呻いて頭を抱えた。
「…な、殴ることないじゃないか……」
「貴様が間抜けな顔をしているからだ。私がなにか間違ったことを言ったか?」
「…いや、言ってはいない、けど…」
「けど、なんだ」
言及する三成に家康は少し迷ったが、口を開いた。
「…逃げるため、って……」
「…間違いではないだろう」
「………」
静かに肯定した三成の言葉を否定できない家康は、なにも言えずに黙りこむ。三成はそんな家康に目を細め、小さく、ため息をついた。
「…三成は秀吉公の仇を、」
「それは結局は自分のためだ」
「三成、」
「私にそう言われたくないか?家康。私は最後まで秀吉様の為に生きたと、そう思いたいのか?」
「そうじゃない!そういうわけじゃない、ただ…」
家康はぎゅ、と拳を握り締めた。強い力で握ったせいで、皮膚がぎりぎりと音を立てる。
家康は何かを言おうと口を開いた。だが言えないのか、口を閉ざしてしまう。
「…どうせ貴様の世界の私は死んでいる、貴様が何を言おうとその言葉は届かん」
三成の言葉に家康は困ったように笑い、すぐに顔を歪めた。
「……、だって…そんなの………そんなの、哀し過ぎるじゃないか……」
絞り出すように家康はそう言った。三成は驚いたように家康を見る。
家康は今にも泣き出しそうな様子で、その眉はぶるぶると震えていた。三成はそんな反応をするとは思っていなかったのか、彼には珍しくうろたえた様子を見せた。
「い、家康」
「確かにワシはお前に誰の為でもない、自分のために生きろと言った、でもそんなのって…!」
「おい、家康、落ち着け」
そういう三成も、どことなく落ち着いてはいなかったのだった。