もしこの道を進めたなら30(終)

 城に戻り、手の傷を手当してもらい、家康はまた夜は三成と酒を手に語り明かした。家康は酒のためか、饒舌な三成を見ながら思った。

もしこの道を進めたなら、自分はどうなっていたのだろう。

だがすぐに頭を振ってその想いを打ち消した。そんなことは、考えたところで意味がない。自分は、過去を見て生きてはいけない。先を見なければならない。
家康はぎゅ、と、傷をつけた手を握り締めた。
二人は色々なことを話した。三成の世界のこと、自分の世界のこと。そして、先のことを。


ーーー

 「………ん?」
そしてそのまま酔いつぶれる様に眠りにつき、目を開けると見慣れた風景が飛び込んできた。むくりと起きあがり、部屋の外に出ればそこはやはり、天守だった。
元の世界に戻ってきたようだ。
「……………」
ずき、と走った痛みに家康は自分の手を見下ろした。そこには真新しい包帯が巻かれている。

一瞬、長い夢かとも思ったが、夢ではなかった。

家康はその包帯に片手を添え、薄く笑んだ。そして、薄く雲がかかり、日の出の淡い赤色に照らされた空を見上げた。
「…、見ていてくれ三成。ワシはもう逃げないよ。お前にも認められるような、和平の世を作って見せる」
そして、ぐっ、と包帯の巻かれた手を拳にして空に掲げた。
そこへ、ガラリと障子の開く音がして、寝起きらしい、頭がボサボサな政宗が姿を見せた。家康に気がついた政宗は驚いたように家康を見た。
「よう、俺より先に起きてるたァ早いなアンタ」
「!独眼竜…その口ぶりからすると、ここにはあの世界のワシがいたんだな」
「!」
家康の言葉に政宗は限界まで目を見開いた。何度か瞬いて家康を凝視した後、慌てたように駆け寄ってきた。ぺちぺちと頬やら肩やら叩く。
「アンタ、俺が知ってる家康か?!」
「あぁ、三成を倒した方のワシだぞ」
「……元に戻ったのか…」
政宗ははぁー、と長いため息をついてその場にへたり込むようにしゃがんだ。家康はすまなそうに笑って政宗の前に同じようにしゃがんだ。
「すまないな、迷惑をかけたろう?」
「全くだ!こんな息の詰まる世は嫌だとか言いやがったしよ!」
「!はは、無理もないな」
からからと笑ってそう言った家康を政宗は自分より僅かに高い位置にある家康の顔を意外そうに見上げ、不思議そうに首をかしげた。
「…アンタ、感じ変わったな」
「?そうか?」
「yes」
「はは…そうかもしれないな。確かに、ずっとモヤモヤしたものが晴れた…三成に会ったんだ」
「!」
政宗は目をまん丸に見開いて、ピュウ、と唇を鳴らした。
「確かに来てたやつからは俺が豊臣の山猿やったとは聞いてたが…野郎にあったのか」
「あぁ。ワシの知る三成とは、大分違っていたよ。秀吉公を失った事を乗り越え、大阪の地を治めていた」
「へぇ…」
「情けない話だが、三成に手伝ってもらって、色々な事に気付く事が出来たよ」
家康はそう言うと苦笑し、ゆっくり立ち上がった。政宗はそれに合わせて顔をあげる。
にっ、と家康は笑った。今まで無意識の内に隠していた笑顔で、笑った。
「こうのんびりしている暇はないな!ワシはまだ、自分の事を振り返っている場合じゃない。その時期じゃない」
「………家康」
「夢を達成するためだ。独眼竜…手伝ってくれるか?」
政宗は家康の言葉に見開いていた目を細め、にやり、と楽しそうに笑った。家康に合わせ立ち上がり、正面から家康を見据える。
揺らがない家康の瞳に、政宗は手を前に出した。
「前のアンタに戻ったな、アンタ」
「……、あぁ」
「上等だ!アンタがそんな風に言ってくるの、柄じゃねぇが待ってたんだぜ」
家康はパシリ、と音をさせて政宗と手を組んだ。
「行こうか!」
「OK!!」
そう言って二人はがしりと肩を組み合い、からからと笑った。
影からそれを見ていた小十郎と忠勝は、お互いどこか安心したように互いを見やった。



 「………んんっ?!」
「…やはり戻っていたか」
「!三成!お、おお?!帰ってこれたのか!…ってことは、お前はあちらのワシと?」
三成は家康の言葉に小さく頷き、空を見上げた。僅かに雲がかった青空は、高い。
「2日でやけにやつれたな、貴様」
「…ものすごく息の詰まる所だったんだよ…だけど、お前の様子を見ると、もう一人のワシももう、大丈夫そうだな」
「何?」
「何となくそう思うんだよ」
「………ふん、そうであってもらわねば困る」
三成はそう言うと寄りかかっていた柱から身を起こし、家康に背を向けすたすたと歩き出した。家康は慌てて身なりを整えると、三成の後を追った。
ーー夢を叶え、永久に続く和平の世を築いてみせる
三成はふっ、と笑う。
「なぁ、向こうのワシとはどんな話をしたんだ」
「貴様に語る義理はない」
「えぇ!ケチ!」
「誰がケチだ」

かつて殺した友に会った男。
自分を殺したと豪語する友に会った男。

二人の奇妙な短い出会いが変えた歯車は、どのように回っていくのだろう。



END