オカントリオの奇妙な旅路41(終)

小十郎は体の感覚を取り戻そうと、ぐるぐると体や腕を回す。そしてふ、と思い出したように吉継を振り返った。
「戻りはどうする?餓鬼の姿じゃねぇから、来たようには戻れねぇぞ」
「何、心配には及ばぬ。我は上を行く故」
「上?」
小十郎が不思議そうに尋ねると、吉継はぴ、と指で上を指した。小十郎は指の先を見上げる。
吉継は座布団をふわりと浮かせた。
「そういう訳よ、我は先に行く。主が起きるまで待っておる約束ゆえ」
「!」
「日が登り者共が動きやる前に動きたい故の。…次会うはおそらく、戦場であろうな」
「…だろうな。テメェには世話になったが、加減はしねぇ」
「当たり前よ。此度の事は無かった事、故なァ。ではな」
吉継はそう言うとふわふわと上へ浮かんでいき、夜明けの暗い空に消えていった。
小十郎は吉継の姿が見えなくなるまで見送った。
 それからすこしして、佐助と半蔵が帰ってきた。佐助も元の姿に戻っており、大型手裏剣を腰に下げていた。半蔵を見た小十郎は意外そうな表情を浮かべる。
「…お前だったのか、才蔵」
「はっ…」
半蔵改めて才蔵は、小十郎の姿にどこかほっとしたように膝をついた。佐助は指で背後を指す。
「いい道見つけた。右目の旦那の身のこなしなら十分いける場所だよ」
「そうか。…体に問題はねぇか」
「大丈ー夫。右目の旦那も問題なさそうだね」
そこで、ふ、と佐助はきょろきょろ、と辺りを見回した。
「大谷の旦那はもう行ったんだね」
「あぁ、浮かんでいっちまった」
「空飛べるとか羨ましいなぁ…」
佐助ははぁ、とため息をついて肩をすくめ、小十郎の方に向き直った。
そして、にっ、と笑う。

「帰ろっか」




 「すまぬな三成、今戻った」
「!刑部、」
その日の昼間、吉継はひそかに大阪城に戻り、座布団を輿に変え、三成に声をかけた。三成は驚いたように吉継を振り返った。
しばらく三成は吉継を見た後、ぎろ、と不愉快そうな顔で吉継を睨んだ。
「遅いぞ刑部!さっさと戻れと伝えたはずだ!」
「あいすまぬ、聞いてはおったが中々片付かなくての」
「………今回は許す。だが刑部!一つ覚えておけ」
三成はふん、と鼻を鳴らすとそう言い、吉継の隣を通り抜けざま、ぼそりと、小さな声で言った。
「私はどんな姿の貴様でも拒絶などしない。だから私に隠し事をするな」
「!」
刑部は驚いたように三成を振り返った。そして、ふ、と呆れたように、だがどこか嬉しそうに顔布の下で笑った。
「あいわかった、三成」
吉継は輿の向きを変えると、ずんずんと歩いていく三成の後について行った。

 「真田の大将、ただいま」
「!!佐助ぇ!」
翌日、佐助は幸村の元へ帰りついていた。幸村は驚いたように佐助を見たあと、ふん、と怒ったように、だがほっとしたように、にかっ、と笑った。持っていた槍を佐助に向け、楽しそうに声を張り上げた。
「遅い!!何をのんびりしておったのだ!ぐずぐずしている暇はないぞ!」
「!すまねぇ大将!」
佐助は詳しく聞いてこない幸村に驚きつつも、言及されなかった事に安堵し、歩き出した幸村の後に続いた。

 「…………小十郎………」
「はっ」
それに少し遅れて、小十郎も政宗の元へと戻った。才蔵と家康は少し離れたところでひやひやとしている。
政宗は不機嫌を隠さず、自分の前で平伏する小十郎にあわせて小十郎の前に屈んだ。
「どうして俺に何も言わなかった」
「…………」
「テメェが餓鬼の姿になってたって事は知ってっぞ」
「…、見られたくなかっただけでございます」
「Ah?」
政宗の眉間が苛立ちからか寄る。小十郎は少し顔をあげ、政宗の顔を見た。
「政宗様にお会いする前、未熟者であった頃の姿を、見られたくなかっただけでございます」
「それで猿や向こうの軍師と仲良しこよししてたってか?」
「仲良しこよしはしておりませぬ」
ばちり、と二人の視線の間に火花が飛ぶ。その様子を見て、家康は、ぷっ、と小さく笑った。驚いたように二人は家康を見る。
「そう責めてやるなよ独眼竜。ワシだって竹千代だった頃の姿に戻ったら逃げるぞ?独眼竜も心細かったんだろうが、片倉殿の気持ちも分かってやってくれ」
「は!!別に心細くなんてなってねーし!!」
政宗は家康の言葉にそう怒鳴り返すと、もういい!とでも言いたげに部屋を出ていった。
追おうとする小十郎を、家康が引き止める。家康の顔は笑ってはいたが、目は鋭い光も灯していた。
「時に、片倉殿。加賀で貴方達に接触した忍がいただろう?彼らを屠ったのは誰なんだ?」
「………」
「言えないか」
「…、悪ぃと思っちゃいる。だが、他の奴も俺がそうしたように今回の件を隠してる。そいつらに借りもある、誰が殺ったかは言えねぇ。どうしても必要だってんなら、俺だということにしていい」
「……ふふ、奇妙な形ではあるがそれもまた絆の力、か。まぁ大体の予想はついているし、無理に聞き出すのはやめよう。疲れただろう、よく休んでくれ」
「…政宗様が世話になった」
小十郎はそう言って家康に一礼すると、すねて部屋を出ていった政宗を追って部屋を出た。











此度の旅の真相は、三人だけの秘め事。
それはそれはとても奇妙な旅路の話。



END