葱と牛蒡とツインテール19

「…しき、殿?」
「……………」
同じ頃、しきの座敷牢を家康が訪れていた。食膳に手をつけず、体育座りの体勢でうずくまっているしきに、家康は驚いたように駆け寄った。
「大丈夫か?!何故食事を、」
「…食欲なくて…」
「…っ。三成は?」
「なんか…気がついたらいなかった」
衰弱している様子のしきに、家康は慌てる。と、そこへ、三成が戻ってきた。
「!!三成!」
「…なんだその目は、家康」
「!お前、」
「私は何もしていないぞ。それより家康。半兵衛様が貴様と私を御呼びだ、行くぞ」
「!彼女をこのまま放っていく気か?!」
家康の言葉に三成は不愉快げに眉間を寄せた。
「この女の事など知ったことか!半兵衛様の邪魔立てをしたのだ、これくらいのことは覚悟していたはずだ」
「だが…」
尚も表情を曇らせる家康に、三成はちっ、と舌を打つ。家康に向き直り、腕を組んで見下ろした。
「…誰にでも甘い顔をしていると、その内寝首をかかれるぞ」
「ッ!ワシは、」
「行くぞ。見張りの代理はすでに用意してある」
「…ッ」
「…大丈夫です、心配には及びませんっ」
「!しき殿、」
「あんたに関係ないでしょ…!」
「…、…そう、だな……」
家康はしきの言葉にはっとしたように目を見開いた後、目を伏せ、立ち上がり三成の後に続いて牢を出ていった。
「……」
しきはぐ、と自分の身体を抱き締めた。
酷く疲れているのに、全く眠ろうという気が起きない。気がついた内に寝ていても、疲労はとれなかった。
「…気がおかしくなりそう……」
「ほぅ、気がおかしくなりやるか」
「ひぃぃっ?!」
一人言のつもりでぼそりと呟いたのに、返答が、しかも大分不気味な声でなされ、しきは思わず飛び上がった。
驚いて見れば、牢の外側に、輿に乗り浮いている男がいた。
「(刑部!?)」
男の名は大谷吉継。三成の友人であり豊臣軍の一員で、官職の刑部少輔をもじって、刑部と呼ばれることが多い。戦装束ではなく和服姿で、公式では見たことのない姿に、しきは思わずおお、と呟いた。
驚くしきに吉継は楽しそうに笑う。
「ヒャヒャヒャ、そう飛び上がれるならばまだまだ平気よなァ」
「……見張りの代理って………」
「三成が、主が狂ってしまっては賢人殿の顔に泥を塗ると申してなァ。あれは生真面目故に」
「…はぁ……(一応心配してくれてたのか…)」
吉継は輿を地面に下ろし、ひっひと楽しげに笑った。しきは思わずじろじろとみてしまう。
その視線に気がついた吉継は、ひらひらと包帯の裾を揺らした。
「我の姿が滑稽か?主ならば見慣れておると思うておったが」
「えっ?」
吉継の思わぬ言葉に、しきは驚く。吉継は懐より扇子を取りだし、閉じたまましきに向ける。
「賢人殿…半兵衛殿より伺っておる故なぁ。主は外の世界の者と」
「…そう、ですか…。いや、その……和服姿は、初めて見たので…」
「左様か」
「……あの」
「何よ?」
しきは、半兵衛が三成には話さず、吉継には話したことが気になり、思い切って聞いてみることにした。
「……半兵衛は、あ、いや、半兵衛、殿?は…三成にはその話、してないみたいですけど」
「主も知っての通り、あれは頭が固い。左様なことを言われても理解できなんだ」
「…じゃあ、なんであなたには」
「ヒヒッ、何故であろうなァ」
吉継は楽しそうに笑っただけで、答えははぐらかした。