もうお前を離さない240

その頃宮野は、トラブルにみまわれていた。徳川軍の兵数人に何故か体の自由を奪われたのである。
宮野は自分を壁に押しつける男達をちらと見た後、目の前の男に視線を向けた。
「…いきなりなんです?」
「昨日までお前に食事を運んでいた女中がいただろう」
「…あぁ、猫飼ってる」
「猫など飼っていない。あの女中は忍だ」
「…そうだったんですか」
宮野は表情を変えずにそう返したが、内心ではパニックに陥っていた。
―なんで何何ばれたの?見つかったの?何でぇぇぇ?!
そんな言葉がぐるぐると渦巻いている宮野であったが、がしりと強く顎を掴まれ、僅かに痛みを感じながら目の前の男を睨んだ。
「…痛いんですけど」
「忍はどこの所属かを吐いてはいないが、今ここにいる捕虜はお前だけだ。接触するとすればお前だ」
「…だから、何なんです?」
「忍が何か貴様に吹き込んだだろう?」
「勘弁してくださいよ、忍だって事今知りましたもん」
男は宮野の話を聞いていないらしい。男の手が顎から離れ、胸元に下がった。
「よってお前が何か隠し持っていないか今から調べる。脱がせ」
「?!ちょっと待ったちょっと待った何素面で変態発言してんだアンタ!!」
「じゃかあしいっ誰が変態だ!」
「アンタしかいないでしょーがそれともアンタには別の誰かが見えるのかそうなんですか霊感あるんですか」
「うるさい静かにしろ!」
言葉とともにびり、と布が裂ける音がした。驚いて下を見れば、腹掛けが裂けていた。顕になった上半身に宮野の頬が僅かに赤くなった。
「な………ッ」
「体には隠せる場所が多々ある…そうだろう?」
「ふざけんなッ!!」

「何しているんだ!!」

宮野の袴に手を伸ばしていた男の肩が面白いくらいに跳ね上がった。
勢い良く男達は宮野に背を向け振り返り、そしてひれ伏した。宮野は取り敢えず自由になった腕で胸元を隠し、入り口に目をやった。
「あら。また来たんですか権現」
「宮野殿…!!」
徳川だった。徳川は自分の前にひれ伏す男達よりも顔を青ざめさせていた。
「…出ていってくれ。処罰は後から通達する」
「い、家康様…ッ」
「出ていってくれ」
徳川の静かな声に男達はそそくさと出ていった。徳川は俯いた後宮野を見、目のやり場に困ったかすぐに逸らした。
「…なんて謝罪すればいいか……」
「…取り敢えず、貴方の指示じゃないんですよね」
「…あぁ…」
「だったら貴方に謝罪されても意味がないので、しないでください」
「…ッだが……」
「…、どうしても謝罪したいというなら上着貰えます?」
「!!す、すまないっ、少し待っていてくれ!!」
徳川ははっ、とした様子を見せると慌てて出ていった。宮野は腹掛けの腰紐を解いて腹掛けを取った。首の紐の少し下から斜めに裂けているのを見て、宮野は小さくため息をついた。
「…、初めて幸村がくれたものだったのにな…」
ぽつりと小さく呟き、宮野はそれを畳んで袴と体の間に挟んだ。
バタバタと廊下を走る音が聞こえ、徳川が戻ってきた。
「こんなものしかないのだが…」
「構いませんよ、隠れれば」
宮野は渡された羽織に袖を通しながら徳川を見た。
「……、………」
「…、本当に気にしなくていいですよ?」
「そういう訳にはいかないだろう!……、何故君は怒らないんだ?」
「…んー…元から無感動な所はありますけど…今、私が貴方に怒った所で事実は変わらないですし、そもそも貴方が関わっていないなら特に怒る理由もありませんし」
「だがさっきのはワシの部下達だぞ?」
「部下だろうが家族だろうが、実質は他人じゃないですか。私は当人にしか怒りを感じませんよ」
徳川は納得していない顔で宮野を見た。