もうお前を離さない181

それから約一刻後。
「う…負けた…」
「……疲れる…」
「よくもまぁ互いに言葉が繋がるものよ…」
「…貴様の方が繋がるだろう、刑部」
「ヒヒッ、まぁ負ける気はせぬなぁ」
進軍を一旦止め、休憩の為に腰を下ろした小高い丘で漸く2人の勝負は村越の負けで終わった。
「…そういえば、今はどこに向かっているんですか?」
村越はおにぎりをもくもくと食べながら、思い出したように石田を見上げ尋ねた。村越は座った石田の少し後ろに座っている。石田は村越が作った小さなおにぎりを口につけた。
「…九州の穴蔵だ」
「穴蔵?」
「暗という名の男がおってなぁ。それを連れ出しに参るのよ」
「くら?…本名じゃ…ないですよね?誰ですか?」
「…黒田官兵衛だ」
石田はもくもくとおにぎりを食べながらぼそりと言った。村越はその名前を小さく呟く。
「黒田官兵衛…?聞いた事ないです」
「どこまでも運の無い男でなぁ…オマケに太閤御存命の時より愚かにも天下を狙っておった故、三成が穴蔵に閉じ込めたのよ」
「…なんでそんな人を連れ出しに?」
村越の言葉にヒヒ、と大谷は小さく笑う。
「こちらはどう足掻いても人手不足でなぁ…奴も箒よりは使えるであろ」
「……なんか…容赦ない言い方ですね…」
「奴にはそれくらいがよいのよ、ヒヒヒッ」
「そうなんですか…?三成さんはどう…」
石田に話を振った村越の言葉が途切れた。そんな村越に石田は振り返り大谷は不思議そうに村越を見た。
「…如何した?」
「…三成さん…いつの間に」
「?」
村越の言葉に本人の石田が首をかしげる。村越は石田の傍らを指差した。
「おにぎり。全部食べられたんですね!」
「……あ」
「…ほ?」
石田は言われて気が付いたようだった。竹籠の中身が空になっていたのだ。石田はぱちくりと籠を見下ろしている。
「…食欲が少しでも出たみたいでよかったです!」
「………………」
「?三成、さん?」
「…。…味を感じなかった」
「えっ?!」
「…」
驚く村越を余所に、大谷は目を細めて石田をじっ、と見ている。
村越はあわあわと手を振った。
「み、味覚ないのに食べられたんですか…?えー?!三成さん大丈夫なんですかー?!」
「…何がだ」
「だって私生物の授業で味覚は食欲と直結してるって習いましたもん!!味のないものを食べる事はできないんだって!」
「……そうなのか」
きゃーきゃーと騒ぐ村越に石田は煩わしそうにそっぽを向いた。
「落ち着いていないでください!…でも食べられたんですよね…でも味を感じなかったって……。……うー…」
「…何故そうも気にする?」

「気にしますよ!私は三成さんに生きてほしい!!」

「な…」
村越の言葉に、石田は目を見開いた。村越はじぃと石田を見上げている。
「……何故だ。私に借りがあるからか」
「それは理由の一割くらいあります!」
「一割だと?」
「残りの九割は私にもよく分かりません!」
「なんだそれは?!」
「…………………」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ2人を、大谷を遠巻きに見つめる。
「でも普通一緒にいる人に死んでほしいなんて思わないでしょう?!」
「貴様の話は極論すぎる!!」
「うまく言えないだけです!…もういいですっ」
「?」
「おでこ失礼します!」
「!!」
村越は石田の顔を掴むと、ごちんと己の額と石田の額を合わせた。