日輪の神様へ31

「幼いのによく出来たな」
「人が生まれ持った力は幼い頃が最も強い。歳をとるにつれ弱くなっていくものだ。幼い時は力の使い方も知らん、身を守る為に神をも越える力を見せることもある。……おまけに紀之介は人柱として密室に閉じ込められ、精神状態も限界だった、だから、…目の前に狐が現れて、漸く何をしたのか気が付いたそうだ。“自分が食べられるべき神を殺してしまった”、とな」
「…?ならばなぜ生きておる?毛利に殺されてもおかしくない。そしてどうやって比叡に?」
「その妖狐が比叡に連れてきた」
「は?なぜ」

「その稲荷な。私の父だったんだ」

「…。何ぃぃ?!」
目を真ん丸にし、尻尾を逆立たせた稲荷に銀稲荷は小さく吹き出し笑った。
「私は父に幼い紀之介を延暦寺の境内に置いておいてくれと頼まれただけだったから、事実はすぐには分からなかったがな。すぐどこかにいなくなっちまったし。…、紀之介もどこかで私の父だと知ったのだろう」
「…なのに友情が芽生えた、か」
「馬鹿を言え。元は人を食う上に事実を紀之介に伝えなかった父が悪いのさ。紀之介は悪くないし、それを言うなら私は逆に紀之介に謝るべきさ。…紀之介は自分のせいだと思ってるから、なかなか言い出せなくてな。銀稲荷と呼ばれるようになって、私と父とは関係なくなったのに」
どこか寂しそうにそう言った銀稲荷に、稲荷はふいと空を見上げた。空といっても、何もないただの青だ。ここには日輪も雲もない。それは足下にある。
「…。毛利の為に命をはった長曾我部を、果たしてあやつはどう見ていたのだろうな。自分の人生を変え、友人とも隔たりを感じさせるはめになった、両人を」
「…さぁな。ただ、紀之介はだからと言ってそいつらの子孫まで恨むような事をする奴じゃない。……あいつらのように、私も紀之介との間に残るこの隔たりを、さっさと壊してしまいたい」
「…我らは人ではないから終わりはない。だが終わりがないから時間は腐るほどある。…時間をかければ、きっと為せる」
「……………、そうだな」
神に愛は分からない。嫌いなものがいないから。その代わりに与えられたのは永遠の時。
「…少しだけ、長曾我部が毛利に命をかけられる理由が分かった気がする」
「そうか」
「人は…いいな」
「…。さて、私は紀之介と話をするとするか!」
「うまくいくとよいな」
「ふふ、そうだな」





 「…!いでぇっ!」
「!アニキ!!」
「アニキが帰って来たぞー!」
その頃、現世の肉体に長曾我部が戻った。何故か痛む身体に涙が出そうになるのを堪え、長曾我部は横たえられていた身体を起こした。
「あの野郎、戻った時こんなにいてぇとは聞いてねぇぞ…!」
「アニキ、大丈夫っすか」
「あぁ、大丈夫だ。それより野郎共、船を出せ!豊臣が動く前に中国に行くぞ!」
「アーニキー!!!!」
いつもの声を背に浴びながら、長曾我部は薄く笑んで中国を見た。
「…元就」
そう小さく呟きながら。


 「ぐ…っこれは…床擦れか…っ!」
「…ん?…、毛利様ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「騒ぐでないわ!」
「もっ、申し訳ありませぬ!」
同時刻、肉体に戻った毛利はずっと寝かされていたために出来ていた床擦れの痛みにたえながら起き上がった。騒いだ部下を一喝し、ため息をつく。
「港に何人か向かわせろ」
「は…また、何故…?」
「長曾我部が来る」
毛利はそう言うと部下に背をむけ、小さく笑った。