日輪の神様へ30

「しかしまぁ無理をしたものよ」
紀之介は身体の様子を見ている銀稲荷に対し、大きなため息をついた。銀稲荷は気まずげな様子を見せながらも、ふんと鼻を鳴らした。
「うるさい。仕方ないだろう」
「まぁ斯様に早く帰ってくるとも思っておらなかったがな」
「天照大神も情には弱いのであろう」
「ひひひっ、恨み程損な物は無いものなぁ」
「…元親、あの紀之介という者、…あれが素なのか?」
「多分…素だと思うぞ」
紀之介は毛利と長曾我部の言葉を聞くとまた、ひひ、と笑った。
「芝居をしていると思うたのか?ひひひっ、まぁ無理はない、我は普通ではないからなぁ。だが毛利元就、主も十分、普通ではないと思うのだが?」
「…?」
「全てを駒と見なし家の為に生きる。非情だが武将としては極めて優秀よ。そのような主が、よもや長曾我部のような男に絆されるとはなぁ」
「!貴様、我を愚弄するか」
「愚弄などしておらん。…ただ、主はもう家の為にのみには生きれぬぞ?」
「…毛利の名は今や揺るがぬ!」
「……、それに、元就の事は俺が守る」
「!!元親、」
「元就、戻ったらすぐに豊臣と戦になるぜ。そん時は俺も一緒に戦う。お前がいれば山猿なんざ目じゃねぇ」
「………ふん、」
満面の笑みを浮かべ言い切る長曾我部に毛利は小さく鼻を鳴らしたが、その顔はどこか綻んでいる。
「ひひ、まこと人は面白い。…故に憎めぬ」
「…?」
「長曾我部、毛利、下界に戻す!外に出ろ」
意味深な言葉を吐いて俯いた紀之介を問い詰めようとした毛利だったが、その前に銀稲荷に連れ出され、それは叶わなかった。




 「…紀之介とやら。貴様何があったのだ?」
「藪から棒に何を言う厳島の松寿丸」
「しょっ…何故我が妖狐名を知っておる!!」
「佐吉は主の事をここではそう呼んでおる」
「…左様か。…で、何があったのだ?」
「……………。久方ぶりに人を見て思った。我はここにいるべきではないとな」
「?」
紀之介の目は庭の長曾我部と毛利、そして銀稲荷に向けられている。稲荷は座る紀之介の隣に座した。
「…我は神を殺した」
「?!な、何を言っておる!神は不死身ぞ!」
「アレは殺したようなものよ」
「…、神になる前に戻るまで力を使わせた、という事…か?貴様一体何者なのだ」
たまげた、と小さく呟きながら稲荷はそう尋ねた。
紀之介はしばらく黙っていた。長曾我部と毛利の姿が消え、銀稲荷が振り返ると目が合い、びくりと身体を揺らし目を逸らした。
「…?」
「…厳島!いや、松寿丸!…ちょっと来てくれ」
「?…分かった」
稲荷は紀之介の様子を気にしながらも、紀之介を置いて家を出た。
 稲荷は銀稲荷に案内され、家の中からは見えなかった庭の一角の小さな東屋に座らされた。
「紀之介はな。毛利配下の国に住んでいたんだ」
「!…神を殺した、と言っておったが」
「…紀之介は長曾我部が毛利に対し戦を起こした際、勝利の為に人柱として捧げられたんだ」
「?!…い、生け贄だと?あの辺りに勝利の神はいなかったはずだし、…その時我はすでに稲荷になっていたがそのような物は見ていないぞ」
「あぁ。人は建前さえ作ればよかった。…通りすがりで人を食うのが好きな稲荷が、紀之介を見つけた。…その時紀之介はまだ幼く…恐怖からその稲荷を妖狐に戻るまで追い詰めたんだ」
「…よりにもよって、稲荷だったのか」
銀稲荷は頷いた。