賽と狂犬、希望と亡霊13

それからの左近の日々は怒濤の忙しさではあったが、それまでに比べれば非常に充実したものだった。
命を懸けられる相手がいる。
強くなりたい理由がある。
それだけで、それが出来ただけで、左近にとってはこの世は満ち足りていた。
「左近!!貴様また賭場に行ったな!!?」
「い゛っ!!やべっ、」
上司となった三成が堅物であることが唯一の難点ではあるが、それ以外は何の不満もない、最高の職場だった。
ー俺は、ここにいる
幸せすぎて、一瞬どころか度々夢なのではないかと思ってしまう時がある。一度それを三成に言ってみたら、
「馬鹿か貴様は。これが夢であるものか。呆けている暇があるなら仕事のひとつでもこなせ!!」
と、怒られてしまったので、それ以来口にはしないようにしている。ただ、三成が夢ではないと断言してくれたことは、確かに嬉しかったし安心できた。
ー俺は確かに、ここにいるんだ…!
「左近!」
「ぅえっ!?はいっ!」
「この前の報告はどうした!そもそも貴様の字は読めん!!練習しろ!!」
「えぇーっ?!や、報告は今しようと思ってて、てかそんな読めねぇっすか!?」
「書き直せ!」
「えーっ!ちょ、待ってくださいよ三成様ー!」
だが安心できている一方、豊臣にはまだ馴染みきれていなかった。
一番胡散臭く感じているのは吉継だ。最初に会った時は三成の気性をよく知る、三成と親しいだけの軍師だと思っていたのだが、近くにいるようになってその考えが揺らいできていた。
吉継は確かに三成の気性をよく理解している。だから三成が吉継に怒ることはほとんどないし、戦場においても全面の信頼をおいているように見える。
だがその一方で、吉継はどこか三成を自分の目的のために利用しているように見える。いつだか吉継が言っていた。
ーみな等しく不幸になってしまえと、そう思うこともあってなァ。ヒヒッ
冗談めいたようにそう言っていたが、左近はそれは吉継の本心であろうと思っていた。皆を不幸にするために三成を利用し、敵を滅している。彼らの上司である豊臣秀吉が描くような強き日ノ本の為ではなく、そこで否応なしに生み出されてしまう不幸を拡散させる為に戦っているのだと。自らの力では及ばないがゆえに、三成を利用していると。
左近はそう思い、かつてより吉継を警戒していた。
「三成ィ、賢人殿からの文が届きやったぞ」
「!半兵衛様からか。次の行軍の指示か…?」
左近の思いは露知らず、三成は吉継を信頼している。
そんな三成の背中を見送りながら、左近は目を細めた。
「…ま、三成様が警戒しないんなら、俺がしとけばいいだけか」
左近はふっ、と小さく笑ってそう言うと、書き直せとの言葉のために増えてしまった仕事を両手に抱え、やれやれと思いながらも自分の仕事部屋へと向かった。

「…次は伊達との戦いらしいぞ……」

だがその途中で、そんな会話が耳に入り、左近は思わず足を止めた。
「…伊達……?伊達政宗か?」
世情に疎い左近でも聞き覚えのある名前。つまり、今までの戦で相手にしていた者よりも、強い者が相手になるということだ。
「ーーー!!こうしちゃいられねぇ!!」
強い者との勝負は好きだった。だからこそ、こんな仕事はさっさと終わらせて、鍛練をするに限る。
左近はそう思い、だっ、と勢いよく駆け出した。