賽と狂犬、希望と亡霊12

勝負の結果は、左近の圧勝だった。他の面子が各々自己申告するまでもなく、敵を滅した数は明らかに左近が勝っていたからだ。
それほどまでに左近は敵を倒した。大して返り血を浴びることはなく、終わった直後でも、にへら、と普段通りの笑みを浮かべていた。人を殺したことへの良心の介錯など微塵もないかのように。
本心がどうであるかなど知れたことではないが、少なくとも左近の振る舞いはそう見えた。それは恐ろしくもあったが、暫定的に彼の部下であった荒くれ者共にはたくましく映ったのだ。
「アンタ強ェじゃねぇか!決めたぜ、俺はアンタについていくぜ!」
「てめー抜け駆けすんな!俺もだ!」
「ははっ!!ありがとよ!」
荒くれ者共は部下として左近に従うことをあっさり了承した。そこは豊臣家臣、力こそがすべて、強き者こそがトップに立つもの、そうした意思思想は末端まで同じなようであった。
「ほう、うまいことをやりやる」
吉継は彼らに囲まれ、その中でもみくちゃにされながらもわいわいと楽しげな左近を見て、ぽつりそう呟いた。隣に立っていた三成は、吉継の言葉に気が付いたように視線を左近の方へやって、うすく目を細めた。
「…そういえば、戦場で奴の姿は目立ったな」
「ほう?主も気付いておったか」
「私が来てからは私の後ろにしかいなかったがな」
ふん、と鼻をならす。辛辣な言い振りの割には三成は機嫌良さげであり、左近の初戦は完全に成功に終わったと言えよう。
吉継はそんな三成に、ヒッヒと小さく笑い声をあげた。
「ヒヒッ。あれはなかなか見処のある男よなァ。武功をあげただけでなく、部下まで手懐けおった。あまり頭の回る男には見えなんだが…」
「ふん、当然だ」
三成は珍しい吉継の賛辞に格段興味を示すこともなく、さっさと本陣へと足を向けた。吉継はその三成の信頼しように僅かに驚いたが、彼が一度信用したならば一切疑わないことは身をもってよく知っていたので、それもそうかと自分を納得させた。
「あ、三成様ー!待ってくださいよー!」
左近はその頃になってようやく三成の姿に気がつき、部下のもとを離れると慌てて三成を追いかけていった。
「…ヒヒ。徳川が豊臣を去ってどうなることかと思いきや…よいモノが見つかったものよ。………あるいは」
じゃれつく左近を怒鳴り付けながらも邪険にはしない三成の態度に、吉継は目を細める。
その目は獲物を見据えるかのように左近を見据えていた。
「…代替品として気にでも入ったか……」
吉継は、確かに左近を警戒していた。それは裏切りやスパイを警戒する目ではない。
恐らく左近はスパイではない。あれがスパイだというならば、雇い主は些か間抜けが過ぎる。そして彼の態度や口振り、昨日の自分への対応を見ても、左近は豊臣云々よりも三成その者にしか興味関心がない。だからこそ、三成を裏切ることもないだろう。
それが、ある意味吉継にとっては最大の懸念であった。

ーアレが、三成を崩さねばよいのだが

自分の中でそう浮かんだ言葉に、吉継は苦々しげに眉間を寄せた。
そうした懸念を抱かせる左近も、自分がそこまで気に掛ける理由も、どちらも彼にとって煩わしいものだった。
吉継はそんな自分に、はぁ、と小さくため息をついた。そして、遠くから振り返り、
「何をしている刑部!さっさと来い!」
そう怒鳴り付けている三成の元へ向かうべく、輿を動かした。