貴方も私も人じゃない81

その夜。
「半兵衛様」
鎮流は食事の盆を手に半兵衛がいると伝えられた部屋を訪れていた。大阪城が出陣の準備にばたばたと慌ただしくなっている中、半兵衛は一人で部屋にいて、静かだった。
半兵衛は机に散らばせた地図から顔をあげた。鎮流は腰を落とし、膝の上に盆をおきながら後ろ手に扉を閉じた。
「…お食事をお持ちいたしました」
「あれ?君が?あぁ…それはすまなかったね」
「いえ、たまたま途中で運ぶ者に会い、半兵衛様にいくつかお聞きしたいこともありましたので…なにかお手伝いできることはありますでしょうか」
鎮流は半兵衛の方へと向かいながら、ちらりと机の上を見下ろした。
「…いくつ、策をたてられるのですか?」
「考えられるもの全てさ。まぁだからちょっとキリ無くてね…ありがとう鎮流君、向こうの小机に置いておいてくれるかな?」
「はい」
「……っ、う、」
「っ?!」
半兵衛に言われた場所へ盆を置いたとき、背後の半兵衛が不意に呻いた。
はっ、と鎮流が慌てて振り返った時には、ガタンと音を立てて机が倒れ、半兵衛がその隣で膝をついて胸を抱えていた。
「げほっ、がはっ!」
「半兵衛様!!」
鎮流は慌てて半兵衛に駆け寄り、背をさすった。ぼたぼたっ、と半兵衛が口を押さえた指の間から血が垂れた。
さぁっ、と鎮流の顔が青ざめる。
「半兵衛様…ッ!…ッ、思い出せ、喀血の応急処置……!」
鎮流は混乱しそうになっている自分を落ち着けるべく一度深く息を吸い、応急処置を思い出そうと頭を巡らせるべく目を閉じた。
ワンテンポ空いて、鎮流は目を開いた。その時には焦りや混乱は一旦消えているように見えた。
「半兵衛様、横になってください!」
「っ、今、横になった、ら、が、ふっ…」
「横向きになってください!下の腕を頭の下に、上側の手は下の脇に差し入れてください!そうすれば口が下を向きますから!その体勢で少し待っていてください!」
げほげほと咳を繰り返す半兵衛を鎮流は横向きに横たえさせ、自分は急いで部屋を出た。
出ると同時に他の者の目に触れぬようにすぐに扉を閉めた。ささっ、と左右を見渡し、一番近くの部屋に入る。
「えっ、うっ、おっ?」
「女の子…?」
「…あ、あっ!鎮流様!」
「あ、あぁ!そうだ!半兵衛様の!」
中にいた兵達はしばし混乱した様子を見せたあと、今日紹介された鎮流だということに気がつき、慌てて平伏した。
鎮流は構うことなく膝をついて視線の高さを合わせる。
「突然申し訳ありません、羽織か布団の類いはありませんか?」
「え?あ、ありますっ!おい持ってこい、あ、いくつ?」
「二、三枚いただけますか?」
「はい!でもまたなんで羽織を」
不思議そうな兵に鎮流はにこ、とどこかいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「…先程部屋にお伺いしましたら、半兵衛様がお眠りになっていらっしゃいました。このところ戦続きで忙しくしてあまり寝ていらっしゃらなかったので、この機にお休みいただければと思いまして。…ですので、しばらくの間半兵衛様のお部屋は人払いをお願いできますでしょうか?」
「あ、なるほど。はい!承知いたしました!」
「ありがとうございます、お手数お掛けします」
鎮流はそう言うと小さく頭を下げ、羽織の類いを受けとると部屋を出た。
「半兵衛様がお休みならば、静かにしないとな!」
「よし、周りの奴等にも伝えておこう!」
兵らはそう言いながら、鎮流に言われた通りに人払いするべく辺りへと散っていった。