貴方も私も人じゃない80

「…こんな感じだよ、人数把握はできた?」
「…、はい、大丈夫です。明日までには完全に覚えます」
「暗記は得意かい?」
「やり方にコツは得ているつもりです」
「そう。隊を動かすには隊を分かっていないといけない。ここで訓練している子達もさっき言った通り隊に加わる。君ならどこに配置する?」
半兵衛は隊表をぱたりと閉じ、ついでにといった様にそう尋ねた。鎮流は書き込んでいた手帳から視線をあげ、うーん、と小さく唸った。
目の前で稽古にいそしむ若者達は皆活気に溢れ、気合いも上々そうに見える。
「…、実践経験はないのですよね?」
「あぁ、稽古で試合をする程度だ」
「…各方面の、逃げ出した敵兵の殲滅及び外部の敵に対し配置される第二中隊の五番のち十二番隊までは、前線に。そこならば恐らくさして大きな戦闘にはならないでしょうから、戦闘に慣れるには丁度いいかと。戦闘前線に出る第一中隊と残り第二中隊では、無いとは思いますが最悪の場合足手まといになりかねないので後方、がよいかと」
「…何故足手まといになると?」
「稽古と実戦はやはり違います。人それぞれ…本人が思った以上に精神に痛みを覚える方もいるでしょう。それはやってみないと分からない…想像の範疇を簡単に超えるものです。それを配慮した上で」
「ふぅん…そんなものかい?」
「強いと思っていても存外弱かったり、一見弱いのに心根は強かったりするものです…今後何があるか分かりません、新兵の教育は、恐らく日ノ本での戦が終わっても続くでしょう?ならば、念には念をいれても無駄ではないかと」
「……へぇ、分かるかい?」
半兵衛は鎮流の、新兵の教育は続く、という言葉に驚いたように目を見開いたあと、どこか不適な笑みを浮かべてそう尋ねた。
鎮流は半兵衛の方を振り返る。
「…、秀吉様と打ち合わせた部屋に、世界地図がありました。世界を臨む意思がないのにあのようなものを大々的に飾るとは思えず」
「…その通りだよ、日ノ本の次は世界だ。だからこそ、僕の後釜が必要なんだよ」
「………世界は、広うございます」
「分かるよ。日ノ本があれだけちっぽけなんだもの。…日ノ本は、ただのちっぽけな国であっちゃあいけないんだ」
半兵衛はそう言って、きゅ、と拳を作った。そのまま半兵衛は拳を見下ろす。
「…だから僕らは世界に出ていかなければ」
「………」
「何か意見があるかい?」
「…、半兵衛様のお気持ちは分かりますが、世界への進出は少し時を置かねば、厳しいかと思われます」
「それは、日ノ本が一つになっていないから、かな?」
「はい。話を聞く限りでは、どうにもこの国の人間は、一度負けたくらいで屈するような人間ではないように思われます。それがたとえどれだけ無謀であっても、迷惑なほどに自分の正義をがむしゃらなまでに突き通す……まずはそれを調教しなければ、厳しいかと」
「…ふふっ、やっぱり君は、政治面では僕以上に優秀なようだ」
半兵衛は鎮流の言葉を聞き、困ったように眉尻を下げながら笑った。半兵衛がそんな顔をするとは思わず鎮流はわずかに息を呑み、あわてて視線をさまよわせた。

―この方でも、そんな顔をするだなんて
―それほどまでに、無茶なまでに焦るほどに、病がさしせまっているのか…

「…その通りかもしれないね、僕が焦っていたようだ」
半兵衛はどこか力なくそう言った。鎮流は、ぐっ、と拳を握りしめた。
「…私が」
「?」
「私が、可能な限りに早く、まとめてみせます。どのような方法を使っても…半兵衛様の時が終わる前に…!」
「…、ありがとう、鎮流君。僕は本当にいい物を家康君からもらったようだ」
半兵衛は鎮流の言葉にわずかに驚いたように鎮流を見た後、ふわり、と嬉しそうに笑って鎮流の頭を撫でた。鎮流はわずかに頬を赤らめたが、半兵衛の焦りの気持ちと、半兵衛の死へもはや秒読みが始まってしまっていることに、小さく唇を噛んだ。

自分の無力さに、久しぶりにふがいなくなった。