見えないはずの右目が47

翌日。梵天丸の体調と今までの事から小十郎は問題なし、となった。梵天丸は嬉しそうな表情をしているものの、その表情はどこか暗かった。
雪之条はそんな梵天丸を稽古場へと連れてきた。手合わせ街の道着姿の男達と並んで座る。
「ここは?」
「道場っす。小十郎様が久々に来たから皆喜んでるっすよ」
「…小十郎は人気者なんだな」
「まぁ、来たときは梵天丸様の話ばかりされてるっすけどね」
「え…?」
梵天丸が聞き返そうとした時、ばしぃ、と鋭い音が響いた。
「てめえ等!やる気あんのか!腰に力入れろ!」
そして続く小十郎の凛とした声。
小十郎は竹刀を片手に他の者達と稽古をしていた。だが誰も小十郎には適わず、説教されている。その勢いに梵天丸は息を飲む。
「俺がいない間何してやがった!?いくら年末といえど手を抜くな!」
「うっす!」
「かっこいい…」
ぽつりと言葉がこぼれ落ちた。すると
「そうっすよね!」
突然雪之条の反対側に座っていた男が叫んだ。叫んだとはいえ、稽古中の為小さい声ではあったが。
「えっ?」
「小十郎様は俺達の憧れのお方っす!優しくも厳しくもあって、何より剣の腕はぴか一だし度胸もあるし…ってあれ?…誰?」
そこで漸く話しているのが自分の知らない人間だと気が付いたようだ。雪之条がくっくっくっ、と喉の奥で笑い、梵天丸はどぎまぎしながら男を見上げた。
「くくく…この方は梵天丸様だ」
「ぼんてんまる…、えええええ!?」
大きな叫び声に道場内の人間が皆振り返った。小十郎も振り返り、その目を大きく見開いた。
「梵天丸様!何故かような所へ…」
慌てて駆け寄ってきた小十郎に道場内の人間の全ての視線が集まり、梵天丸は駆け寄ってきた小十郎にしがみつきその姿に隠れた。
「へへっ、俺がつれてきたんす」
「雪之条!」
小十郎の咎めるような声にも雪之条はただ笑っているだけだった。小十郎は呆れたように上を仰ぐ。
「小十郎様ぁ、そちらの方が梵天丸様なんすか…?」
「…そうだ」
梵天丸は小さく返事をした。小十郎は驚いた表情を浮かべる。梵天丸は小十郎の着物の裾を掴んだまま小十郎の体の影から出る。
「この子供が…梵天丸様!」「右目はもう大丈夫なんすか?」「小十郎様に懐いてるんすねー」「あ、それ、雪之条が作った小十郎様人形じゃないすか」
次から次へと投げ掛けられる言葉に梵天丸は慌てたように小十郎の腕をぎゅうと握り締める。
「…小十郎は、強いんだな」
「…はっ?梵天丸様?」
「小十郎様は強いっすよ!」
「そうそう小十郎様は最強っす!」
わいわいと騒ぎだす者達に小十郎が頭を抱えたのを見て梵天丸は笑ってしまうのだった。